FORZA STYLE - 粋なダンナのLuxuaryWebMagazine
LIFESTYLE うつわのことを教えて、ひさこ先生!

ミュージシャンとしてデビューした後、陶芸の道へ! 気になる野口寛斉とは?

コロナの影響で家での時間が多くなったことも影響し、今、うつわがブームです。盛り上がってるので気にはなるけど、実際どんな作家のどんなアイテムを買ったらいいのか、イマイチ分からない…。そこで、さまざまな土地を巡ってたくさんの作家に会い、新宿伊勢丹では不定期にて催事を企画・キュレーションしている行方ひさこ先生に、どんなうつわを手に入れたら良いかをレクチャーして頂き、注目の作家とともに紹介していきます。

30歳で陶芸の道へ進み、5〜6年後には生業に!

FORZA:ひさこ先生、山田隆太郎さんのお話は興味深すぎて、ますます陶芸に興味が湧きました。

ひさこ先生:思ってることを忌憚なく話してくださいましたからね。そう言えば、この近くの八王子に、山田さんとも仲が良くて、面白い経歴の作家さんがいるので行ってみましょうか?

FORZA:なんとも惹かれるプロフィール。ぜひお話が聞いてみたいので行きましょう!

20代でミュージシャンとしてデビュー

FORZA:野口さんは、元々ミュージシャンだったんですか?

野口寛斉:東京に出るきっかけは音楽で、それが10年前くらい。27歳のときでした。

ひさこ先生:地元は、どちらですか?

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野口寛斉:九州・福岡で、隣家に住んでいた叔父と叔母がミュージシャンで作曲家をしていて、そこではジャズが流れていて、実家では演歌が流れているミクスチャーな環境で育ちました。

叔父を尊敬して、ついて回ってるうちに音楽への興味も強くなり、高校の頃オンナのコにモテたくて最初はDJになったんです。

FORZA:いい話です。

野口寛斉:高校を卒業した後は、音楽で食べようとは思わず、コンピューターの専門学校に進学するんですが、そこで一緒のクラスになった友達が全盛期だったミクスチャーのバンドを組んでて、誘われてDJとして参加すると、うまく事が運んでデビューすることになったんです。

FORZA:スゴい! 職業=ミュージシャンになるわけですね。

野口寛斉:たいして売れてないんですが、事務所に所属してCDをリリースして、全国も廻ったりしました。そのときに一緒になったバンドがR&Bをやってたんですが、それを見て衝撃を受けて、”おれもこうなりたい”って思ってしまいました。

それで所属してたバンドと喧嘩して辞めて、新たにメンバーを探して4人編成のR&Bのバンドを作りました。楽器も弾けなかったので、そこからピアノを習い始めて

ひさこ先生:えっ? 未経験から??

野口寛斉:そうです。23歳くらいから始めて、ボーカルとピアノを担当しました。すると、僕らの存在を聞きつけた東京の事務所の方が見にきて、これまた運良く契約することになり、中野新橋の一軒家に4人で住み込み。3階のレコーディングスタジオで週に12曲作らされるという詰め込みの生活がスタートします。

FORZA:いろいろ情報量が多すぎて、処理できなそうです…。

野口寛斉:結果3年籠って作り続けて 800曲くらい曲ができたので、選抜してアルバムを出す話になったんですが、周りのミュージシャンと接する機会も増えて話なんかもするうちに、いかに自分の所属した事務所が無茶苦茶なのかを知るわけです。

FORZA:俺の住んでる世界はおかしいぞ、と。

野口寛斉:その上、自分たちが出したい曲と、事務所が出したい曲にも相違がありすぎて嫌気がさして、事務所との契約を破棄しました。その後自主制作してリリースしたんですが、それほど成功することもなく、30歳を迎える頃にメンバーが1人抜け、その結果解散することに。20代は音楽に捧げていました。



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