自分で探すのも限界がある……
思いがけない北海道での同窓会を経て、舞の中では頻繁に、当時の甘い想い出を振り返ることが多くなり始めた。
彼のフルネームをSNSで入れて検索してみたり、あの時彼が語っていた「教師になりたい」という言葉をヒントに夕張近郊の学校に問い合わせをしてみたりもした。だが、個人で探すのには限界があった。
そんな中で、いよいよ夫である洋平が強硬手段に打って出たのである。
ある日の夜、今日も夫の帰宅が遅いことを確信した舞は、ふと夫の仕事部屋に入り込んだ。そこで目にしたのは、夫の記名がされた離婚届と、「家を出る」旨の手紙だった。
最初は夫を探すための目的だったのだけど……
金に異常なほどの執着心があり、社会性を大事にする夫のことだから、全てを捨てて女と駆け落ちみたいなことはしないことは容易に想像できた。そのため、例えば夫の会社に電話一本でもかけて窮状を報告するという行為も取れただろう。
だが、舞は、なぜかそのような対応はとらなかった。そのかわり彼女は、普段からなんとなく気になっていた事務所の門を叩いた。
なぜそこへ赴いたのかは、今振り返ってみても、はっきりとした答えが見つからないという。ただ、普段から「あなたのお悩み解決します! 人探し・不倫・浮気・夜逃げなどなんでもご相談ください」の看板が目に留まり、たまに諳(そら)んじるほど記憶に残っていたのは確かなようだ。
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そこで応対をしてくれたのは、40代の目つきの鋭い男性だった。
「それであなたは、最終的には旦那さんとヨリを戻したいの? それとも、別れたいの?」
私は夫と別れたいのだろうか?
それとも、また昔の仲が良かったころに戻りたいの?
「……やっぱり、この相談はなしにしてください! 私は、20年間音信不通の初恋の人に会いたい!」
私の「初恋探し」は特殊らしい……
「それでは、こう言うことですか? ご主人の一連の行為を追求するというよりは、あなたの初恋の人を探すことに変更すると……」
「はい、それでお願いできますか?」
「わかりました、私としても正直、そのようなお仕事の方が専門ですので喜んで承りましょう。改めまして私は、清水と申します。それでは、その初恋の人の情報を出来るだけ細かく教えて頂けませんか」
そう言って出してきたのは、「お伺い書」と書かれた質問シートだった。
該当者の氏名から年齢、生年月日、住所などの個人情報に加え、外見的な特徴、内面的な性格、家族構成、そして性癖や犯罪歴という欄まであり、全て埋めるとなると小一時間はかかりそうな書面だった。
舞はそれを見て、改めて絶望した。彼女が初恋の彼のことに関して、知っているのは、実質フルネームだけだったのだった。
「名前しか知らないのですか? 例えばフェイスブックのアカウントとか、今の職場とかは? そうかぁ、名前だけかぁ……それは特殊だな」
舞は力なく、首を振るしかできなかった。