不妊が発覚して、変わる夫婦関係
ちょうどその別れ話の前に、舞に起因することによる不妊が発覚したのも痛恨だった。2人で頑張っていこうと話し合ったすぐ後に洋平から、別れを切り出されたという。
「『子どもが出来ない女房なんて必要ない』と攻められているような言い方でした」
舞は取り乱した。
女性の力なので大したダメージは与えられなかったが、洋平に対して多少の暴力をふるった。そして、飲めない酒も浴びるように飲んだ。
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従事していた派遣社員の仕事も辞め、自宅にこもり毎日ネットサーフィンで「離婚」とか「不倫」とかを検索する日々だった。
いつまでたっても梅雨が明けず寝苦しい夜を過ごしていたある日、舞は、ふいに思ったという。
「悔しいけど少しだけ、実家に帰ろうかなって思ったんです」
舞の実家は北海道の札幌から小一時間の夕張という街。日本でもトップクラスの過疎化が進む街で、高校3年生までの18年間を過ごした街でもあった。両親が早々に他界したため夕張とは疎遠になっていたし、いわゆる「実家に帰る」と言っても生家があるわけではないが、その夜不意に、「夕張に帰りたい」という感情が芽生えてきたという。
同級生との再会
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その年の夏、20年ぶりに訪れた夕張は、舞のざわついた精神を一層落ち着かせなくするような、そんな閉塞感に包まれていた。駅前の商店街はとうの昔に廃れ、歩く人々は皆無。そして何より、たまに見かける住民らしき人に関しても、若い人ではなく高齢の方ばかりの印象を受けた。
「私、こんなところで18年間も暮らしていたんだ…」
舞にとって夕張という街は、初めて訪れる街と同様の印象を抱かざるを得なかったのである。
「もしかして、舞ちゃん……?」
懐かしさというよりは、物珍しさとか焦燥感に浸りながら街を歩いていた時、舞は同じ年頃の女性に不意に声をかけられた。
「やっぱり舞ちゃんだ! 久しぶりぃ~」
ベリーショートが似合うけども、加齢の兆候をそこかしこに見受けられる彼女は、「明日香」と名乗った。舞は、なんとなく覚えがあった。あぁ、小学校6年生の時の、学級委員長だった子だ……。
「いつ戻ってきたの? ちょうど今夜、小学校の同級生たちと同窓会やるから、舞ちゃんも是非来てよ!」
小学校の同窓会で
「今思い返せば、その同窓会での時間が、私の生きる道を変えてくれたのだと思います」
そう語る舞の表情は、凛として輝いて見えた。決して強がりでも虚勢でもなく、生きる希望と勇気を与えてくれたチャンスが、その同窓会で訪れたという。
とは言いつつも、そこで昔の初恋の人にドラマティックに再会したとか、一夜限りの疑似恋愛を経験したとか、そういうわけではない。彼ら彼女に再会して、当時の初恋の男の子との思い出がよみがえってきたのだ。
「でも肝心の初恋の人の近況は、誰も全くと言っていいほど知りませんでした」
舞の初恋の相手は、同じクラスの転校生だったという。
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小学6年生の春に転校してきて、卒業間近という時になって突然、また他の街に転校していった彼。その秋の文化祭で一緒にお化け屋敷の催しものをしたのがきっかけで、お互い好意を抱くようになった。
「ですが所詮は小学生の恋愛です。手をつなぐこともなかったし、キスなんてもってのほか。ただ、学校からの帰宅の通学路が一緒だったので、2人で一緒に下校するのが唯一のデートっぽいデートでした」
通学路を2人で帰った懐かしい日々。将来の夢や、お互いの趣味趣向を語り合った夕暮れの時間。バレンタインデーに意を決してプレゼントした手作りチョコ。箱に差し込んだ「好きです」の一言だけのラブレター。でも彼からの返事は、とうとう聞くことが出来なかった……。
バレンタインデーから数日後、彼は突然、他の街へ転校していったのだった。