「おはようございます」
朝のマンションのゴミ捨て場。由香里(仮名)は今日も笑顔で挨拶をしていた。
いつもと変わらぬ朝。この数日で、自分は以前とは変わってしまったけれど、大丈夫、私なら隠し通せる。この小さくも心地よい城を守っていかなければならないから……。
※この記事は取材を元に構成しておりますが、個人のプライバシーに配慮し、一部内容を変更しております。あらかじめご了承ください。
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専業主婦のご近所さんを中心に、これから出勤するのであろうスーツを着た夫たちの姿もちらほらと。みな足早に会釈をしながらゴミ出しをしていく。
小学生2人の母である由香里は、子供たちを見送った後にゴミ出しをするのが日課だ。そしてこの朝の時間は、井戸端会議の時間でもある。
「あら、由香里さん。見て見て、あそこの旦那さんはいつもゴミ出ししてくれるのね。うちの夫なんて滅多に……」
「いやいやうちのなんか、結婚以来ゴミ出しをしたことなんて一度もなくて」
ぺちゃくちゃと話しながら、由香里はこのマンションを買った日のことを思い出す。来年で、由香里も節目の40歳となる——。
夫が少しばかり背伸びをして組んだローンで買った、千葉郊外のこのマンションは由香里の城でもある。買ってもう10年以上経つが、由香里は初めてこのマンションのチラシを見た日のことを昨日のように思い出すことができる。
初めての妊娠中に、一目惚れするかのように選んだこのマンション。当時は新築で、リビングから千葉の海が見渡せるこの部屋は比較的割安で、あまりの人気に、希望者から抽選で購入権を得たものだった。
都内まで朝早くに出勤する夫は、由香里や子供達の目が覚めるよりも早くに出て行ってしまう。朝の早い時間からいつも1人になる由香里は、この小さな城——もとい夢のマイホーム、マンションの部屋の中で、いつものんびりと家事をして過ごすのだった。
そして今日もまた、ゴミ出しを終えて部屋に戻る。
さて今日は、下の子の習い事に使う巾着を裁縫して、それからえっと……。
「ピンポーン」
部屋に呼び鈴が響く。時計を見れば、まだ8時過ぎ。こんな早い時間に、通販の荷物が届く予定なんてあったっけ。由香里がインターホンに応えると、オートロックになっているマンションのエントランスに2軒隣の家のご主人が立っていた。
時折、挨拶を交わす程度のご近所さんが突然どうしたのだろう?
このインターホンが小さな事件の始まりだということに、このときの由香里は全く気がついていなかった。
Text:女の事件簿調査チーム