恋人を失ったときの喪失感や虚無感。失恋により大きなダメージを受けた心は、前に進む気力を奪われるだけでなく、正常な判断力も失ってしまう。そんな時に、優しく手を差し伸べられたとしたら……。
今回は、掴んだその手にさらに傷つけられ、「愛」が「狂気」に変わった女性の話を紹介しよう
※この記事は取材を元に構成しておりますが、個人のプライバシーに配慮し、一部内容を変更しております。あらかじめご了承ください。
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和子(仮名)には3年間交際していた恋人がいた。彼のことなら何でも知っている、そう思っていた。
けれど、結婚を前提に同棲を始めた矢先、彼は体調を崩し会社を休みがちに。ほどなく彼は会社を辞め「マリッジブルーなのかもしれない」とだけ言い残し、別れを告げて地元に帰ってしまった。
和子は自分の何が悪かったのかを考え、自問自答を繰り返してみたが、答えには辿り着けず。明確な理由が分からないままモヤモヤばかりが募り、しまいには自分が価値のない人間なのではないかとさえ思うように。昼間は仕事で気を紛らわせていたけれど、ひとりになると泣いて過ごす日々が続いた。

そんなある日、和子は一本の電話をもらった。
彼の元上司、Aからだった。Aは以前、会社を休みがちになった彼を心配し、様子を見に来てくれたことがあった。
「僕にできることがあれば相談して」
Aはそう言って、携帯番号をそっと交換してくれていたのだ。
「色々大変だったみたいだね。君は大丈夫なのか気になって」
Aの優しい言葉に触れた瞬間、ダムが決壊したように泣き喚いてしまった。
それからAはちょくちょく食べ物を持って和子の部屋を訪れるようになった。Aが来るのを心待ちにするようになった頃、二人は不倫関係に。
そう、Aは既婚者だ。和子は自分が道を外すようなことをするなど思いもしなかったが、Aの「家庭内別居中で夫婦関係は破綻。妻とはしばらく口をきいていない」という言葉を信じ、同情し、自分を擁護した。

「今度こそ大事な人を大事にしよう」
元彼との一件以来、和子は相手を思いやる行動、言動を心掛けるよう意識するようになった。元彼と同棲を始めた頃を振り返ると「会社の愚痴」「お金のこと」「家事の分担」など、思いつくままに喋っていた自分に気付いたからだ。
そんな和子に元彼は不満や不安を感じたのかもしれない。そう考えれば元彼が残した「マリッジブルー」の言葉もなんとなく理解することができた。
あの頃の元彼と同様、もはや自宅が安らげる場所ではなくなったA。ならば自分がホッとできる存在になればいい。そうすれば、焦らずともいつか二人で堂々と手をつないで外を歩ける日が来る、和子はそう信じた。
けれど、2年が過ぎる頃になってもAとの関係に変化が訪れることはなく、和子は不安を感じるように。
「それでも、Aを幸せにしたいと思っていた私は、彼の負担になるようなことは言えませんでした」

そんなある日、Aから嬉しい誘いが。出張の最終日に京都で合流しようというのだ。初めての旅行、しかも京都。
「もしかしたらプロポーズされるのかもしれない」
和子は二人の関係が進展することを期待した。けれど意に反して、ホテルで合流した後は食事をするのみで、ことを済ませるとAは早々にぐっすり眠ってしまったのだ。期待が外れ、大きく落胆した和子。
「サプライズは明日かもしれない」
そう自分に言い聞かせ、お風呂に入って気持ちをほぐすことにした。
けれど、そんな和子をさらに絶望のどん底へと突き落とすような、衝撃的なものを目にしてしまう。
バスローブを取ろうとクローゼットを開けた和子は、一瞬、思考が止まった。そして自分の目を疑った。
開いたままのAのスーツケース。目に飛び込んで来たのは、可愛い文字で「汚れものを入れてね」と書かれたジップロック。ニコちゃんマークのような楽しげなイラストまで描かれている。Aの妻が旅支度をしたのは明らかだ。
「家庭内別居なんて嘘で、彼には幸せな場所がちゃんとキープされていたんです……」
柔軟剤がプンプン香るタオル。それは和子が好きなAの香りだった。
何が起こっているかも知らずに、獣のようないびきをかいて眠るA。
「こんなオッサン相手に私は何をやっていたんだろう?」
憎悪と惨めさが和子の全身を支配した。Aの言葉を鵜呑みにして、彼を思いやってきた自分。その行動ひとつひとつを思い出し情けなくなった。
「あれじゃ、まるで都合の良い女じゃない」
眠れぬ夜を過ごした翌朝、和子は敢えてそのことをAに告げずに「そろそろ私も結婚したいから、こういう付き合いをやめたい」と別れ話を切り出した。さらにもう二度と連絡をし合わないよう、お互いの連絡先を消去することを提案。
するとAは拍子抜けするほどあっさりと承諾したのだ。和子が2年も大事にしてきたもの。Aにとってはいとも簡単に手放せるものであったことを悟った。
「もしかしたら、Aが妻と離婚すると言ってくれるのではないか」
そんな期待をしていた和子だったが、Aの対応はその真逆。火に油を注ぎ、怒りを燃え上がらせてしまったのだ。
もし、Aが和子にすがったなら怒りは収まっただろう。どちらにせよ、Aの嘘は許せなかったが、和子にとってそれが最後の賭けだった。復讐という名の暴挙に出る前の。
「彼がシャワーを浴びている間に、私の下着を彼の下着に包んで、『あの』ジップロックの中に入れておきました。家庭内別居をしているなら自分で洗濯するんでしょうし」
そんな皮肉を口にしつつも、和子は勢いに任せた愚かな行動だったと振り返る。後先を考えなかったその行動のせいで、Aの妻から慰謝料を請求されたり、社会的地位を失ったり、自分の身に面倒なことが降り掛かっていたかもしれない。
さらに、罪のないAの妻を傷つけたかもしれないと考えると胸が痛む。その後、Aが和子の部屋に来ることはなかったことから、上手くごまかしたのだろうと思うことにした。
「後悔はしていますが、有名人の不倫暴露記事なんかを読むと、捨てられた彼女も自分ではコントロールできない怒りや悲しみがあったのかなって、擁護してしまう自分がいるんです」
「可愛さ余って憎さ百倍」なんて諺がある。
「男にとって愛は生活の一部だが、女にとって愛はその全部である」という名言も思い出した。優しい女、都合の良い女と舐めてかかると男は痛い目に合う。道ならぬ恋をするなら覚悟が必要だ。
Text:女の事件簿調査チーム
「酸いも甘いも噛み分けてきた、経験豊富な敏腕女性ライターチーム。公私にわたる豊富な人脈から、ごくありふれた日常の水面下に潜む、女たちのさまざまな事件をあぶり出します。