脈々と受け継がれてきたウエストエンドのものづくりを次代につなぐのが わたしの役割
満を持して立ち上げた、エミコ マツダ。「どのような靴ですか」という質問に対し、松田さんは次のように答えました。「よく聞かれるんですけれど、わたしの靴にハウスデザインのようなものはないんです。ウエストエンドのものづくりの継承。それがエミコ マツダです」――
意味のあるデザイン
このスリップオンはブローグドカジュアルといいます。ピール&コーのビスポークサンプルにあったモデルで、サイドライニングがないこと、シャンクを入れないこと、サイドのスクエア・ウエストがその特徴です。
シューレースのないスリップオンは構造上、フィッティングがとても難しい。返りの良さを担保するために屈曲部分のライニングとシャンクを排している、というわけです。スクエア・ウエストも同じ考え方に基づいています。
日本では平コバともいうスクエア・ウエストは文字どおりフラットで、角を残した仕上げをいいます。もっともシンプルな構造ですから、屈曲への干渉が小さい。昨今流行りのフィドルバックのような趣向を凝らした仕上げはこと屈曲に関しては最善とはいえません。
フルブローグもコバはスクエアに仕上げています。スクエアですが、ブローグドカジュアルに比べて厚みがあるのが特徴です。フルブローグはカントリーシューズのひとつ。カントリーで歩く靴は強固でなければならない。だから、厚みのあるスクエア。
紳士靴のデザインには すべてに意味があります。
ナッシング・イズ・ニュー
ハウススタイルはなんですか、ってよく聞かれるんですけれど、エミコ マツダにはないんです。
ここに並んでいる靴はすべてウエストエンドの靴屋さんではありふれたもの。
ウエストエンドというのはロンドンの地区のひとつのことで、文化施設が集中しています。ジョン ロブ、ジョージ・クレバリー、そしてフォスター&サン。スーツの聖地、サヴィル・ロウもこのエリアにあります。ウエストエンドはビスポーク業界の頂点。わたしのオールドスクールです。
脈々と受け継がれてきたウエストエンドのものづくり。これを次代につなぐのが わたしの役割だと思っています。
そもそもわたしはデザイナーではなくて、職人です。あたらしいものをつくることよりも、100年変わらないものをつくることのほうが大切です。
“ナッシング・イズ・ニュー”はテリーの口癖でした。シューメーカーは新味を求めていろんなことをやっているけれど、古くから業界を知るぼくにいわせれば どれもこれも取っ替え引っ替えやっているにすぎないって(笑)。
強いてわたしらしさを挙げるとすれば、時代の波に流されてしまったものにスポットを当てていることでしょうか。好例がPブローグ。くちばしのようにパーフォレーションを尖らせた意匠がそれです。くちばしの先端は英語でピーク(peak)。“P”はその頭文字です。
Pブローグに象徴される古き良き意匠、ものづくりをこれからも掘り起こしていくつもりです。
消えしまったということは求められていないから、という考えがあるのは理解します。しかし それは活況な業界の場合でしょう。さびれるいっぽうのビスポーク業界では 本来残ってしかるべきものも消えて行ってしまっているんじゃないか。つまり、必要がないと判断されたわけじゃない、というのがわたしの考えです。
分業制を採らなかったわけ
ウエストエンドのものづくりと異なるのはアッパーとシューツリーを除くすべての工程を自分ひとりで担っているところですね。
イギリスの靴は分業制の上に成り立っています。フィッター、ラストメーカー、パタンナー、クローザー、ボトムメーカー、そしてシューツリーメーカー。それはそれで理にかなったものづくりではあるんですが、実際の現場では歯がゆさもありました。なぜなら、人を介せば介すほど情報は薄まっていくからです。お客さんの足を測った人間が木型を削ったほうが いいに決まっているんです。
クローザーをアウトワーカーに委ねているのは、この工程は仕様書があれば間違いの起こりようがないからです。それに わたしには凄腕のクローザーが何人もついていますから。
クローザーよりもボトムメーカーのほうが性に合っているというのもあるんですけどね。クローザーは家庭科的、ボトムメーカーは図工的といえば いいんでしょうか。動きがダイナミックで、それぞれの工程に応じて工具が無数にあるボトムメーカーはいかにも図工的で、楽しい。
飾らずにいってしまえば、クローザーはあまりアガらないんです。小学校の家庭科の成績も最悪でしたから(笑)。
松田笑子(まつだ えみこ)
1976年東京生まれ。1997年、コードウェイナーズ・カレッジ(現ロンドン・カレッジ・オブ・ファッション)に入学。同年、フォスター&サンの見習いに。2001年、社員として登用される。05年、日本のトランクショーの責任者になる。10年あたりから師匠のテリー・ムーアに代わり、工房を牽引する存在に。20年に独立、ビスポークシューメーカー、エミコ マツダを創業。
【問い合わせ】
EMIKO MATSUDA Bespoke Shoemaker
+44(0)7796-315-067
info@emikomatsuda.co.uk
@emiko.matsuda
Photo:Shimpei Suzuki
Text:Kei Takegawa
Edit:Ryutaro Yanaka