FASHION 僕が捨てなかった服

【アントニオ・パニコのジャケット】イタリアファッション界のキツい洗礼

人生には、どうしても手放せなかった服、そう「捨てなかった服」があります。そんな服にこそ、真の価値を見出せるものではないでしょうか。そこで、この連載では、ファッション業界の先人たちが、人生に於いて「捨てなかった服」を紹介。その人なりのこだわりや良いものを詳らかにし、スタイルのある人物のファッション観に迫ることにします。

珍しかったし、せっかく買ったので、傷むまで着ました

編集長干場が、お洒落だけにとどまらず、どんな所作が美しいのか、色気とは何か、男の美学とは何かなどについて教えを乞い、"人生の師匠"と公言するビームスの無藤和彦さん。

現在は、ブリッラ ペル イル グストのディレクターを務め、50歳を過ぎても「モテるためにはどうすべきか」をテーマに、自然体でかっこ良いスタイリングを意識しながら商品ディレクションに携わる無藤さんが、思い入れが強くて捨てられなかった服をご紹介する企画の第8回目は、アントニオ・パニコのジャケットです。

「2000年ごろ、ピッティの後にナポリ各所のサルトを訪れ、アントニオ・パニコさんのところへ寄った際、確かビームスFオリジナルのジャケットを着ていたんです。

そしたら、開口一番"お前は全然エレガントじゃない"と言われてしまい、アトリエの奥からこの白いリネンジャケットを持ってきて、無理矢理羽織らされました。

いまでこそリネンの白いジャケットを着ている方も見かけますが、当時そんな人はいなかったし、着て鏡に映った姿は、イタリアのお肉屋さんにしか見えない……。

抵抗したものの、"お前は、これだ"と説き伏せられ、もう一人いる縫製担当のアントニアさんが"30分くらいあれば すぐだ"って直し始めて、結局無理矢理買わされる羽目に。

確か1200ユーロ(15万5000円程度)で、払えなかったので、ひとまず半分だけ払って次の機会に残りを払うことになったんですが、次に残り半分を払おうとしたら最初の半金を貰ってないって言い出す始末……。

困惑しつつも なんとか説得し、半金を納めて事なきを得ましたが、イタリアのキツい洗礼を受けました。

確かではありませんが、誰かがオーダーしたものがキャンセルになってしまい、残したくないから日本人の僕をカモにしたような気もするのですが……。

日本ではアントニオ・パニコのジャケットを着てる人はいなかったですし、せっかく高い授業料を払って買うことになったので、結構頻繁に袖を通し、擦り切れるくらいまでは着ました。

当時これを着て通勤していましたが、京王線にこのジャケットは派手だったでしょうね。見られてる気がして、ほんのり汗ばんでたかもしれません(笑)。

ナポリのジャケットって肩が大きいのに加えて、袖も太い。それに 2000年当時のジャケットは"お尻が隠れるくらいが丁度いい"なんて言われていたので着丈も76cmほどあって長いので、だんだん着なくなってしまい、クローゼットの奥に。

でも、あらためて見返すと悪いものではないので、黒かネイビーに染め替え、お直しにも出して再度着てみようかとは思っています」。

ブリッラ ペル イル グスト(Brilla per il gusto) レーベルディレクター
無藤和彦

21歳でビームス入社。渋谷の店舗でキャリアをスタートし、1992年にドレス部門のバイヤー、2003年には遊び心のある大人に向けたレーベル「ブリッラ ペル イル グスト」のディレクターに就任。50歳を過ぎても「モテるためにはどうすべきか」をテーマに、自然体でかっこ良いスタイリングを意識しながら、商品ディレクションに生かす。1965年東京生まれ。

Photo:Shimpei Suzuki

Edit:Ryutaro Yanaka



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