アナトミカの右腕として知られる寺本欣児にはまた別の顔があります。
古き良きアメリカン・プロダクトを現代によみがえらせる復刻請負人がそれです。
実名復刻に込めた思い
ぼくのこれまでを振り返れば、ピエールのパートナーとしてアナトミカを盛り立ててきたのともうひとつ、数々のブランドを実名復刻してきた、というのがある。
05年にロッキーマウンテンフェザーベッド、09年にマイティーマック、11年にビッグヤンク、そして18年にブラギン・ドラゴンを復刻させた。
一枚革のウエスタンヨークをまとったダウンベストで知られるロッキーマウンテンフェザーベッド、セーリングウェアで名を馳せたマイティーマック、山ポケとガチャポケをアイコンとするワークシャツのビッグヤンク。いずれもぼくが惚れ込んで、飽きるほど買い集めてきたブランドだね。
ブランギン・ドラゴンはシアーズ(=シアーズローバック。アメリカ最大級のデパートメントストア)が1980年代に立ち上げたブランドなんだけど、これがチープでチャーミング。なんちゃってラコステとか、なんちゃってアーノルド パーマーとか(笑)。アイコンは火を噴いているドラゴン。かわいいだろ。その脱力感がたまらなくてね。
実名復刻というのは時代の波に抗えず潰れてしまったブランドの商標を買い取って、ふたたび命を吹き込む、という仕事だ。オリジンのアイデンティティをきちんと継承しつつ、ぼくが蓄えてきた知見を添えている。
添えたものはなにか。いってみれば現役時代に足りなかったものだね。たとえば白米に卵焼き、青椒肉絲が並んでいる食卓に座る。ぼくはもう一品欲しいなと思う。そうだ、きゅうりのキューちゃんだってなるわけですよ。自分で店をやるようになってこの視点は鍛えられたね。
復刻にこだわるのは なぜかって。そんなの簡単だよ。なぜなら、新しいものってのは そうそう生まれないから。そして新しいものは先人が積み上げてきたものの上に生まれるものなんだ。
うちに置いているトーネットの家具は好例だろう。トーネットは曲げ木を考案したミヒャエル・トーネットのブランドだ。。かれがいたから工業製品としての家具が花開いた。かれがいなかったらアルヴァ・アアルトもチャールズ&レイ・イームズも生まれなかっただろう。少なくともものづくりに携わる人間なら、そういう歴史と向き合う時間をけちっちゃいけない。
好きな言葉はコンフィデント。日本語にすれば"確信"だね。確信のないものづくりはしない。それがぼくの信条だよ。
ぼくは本物が知りたいからアメリカへいき、ヴィンテージを掘ってきた。日本のトラッドは和製トラッドだった。ぼくは本物を日本のみんなに伝えたかった。この考えはこの世界を志したころから1ミリもぶれていないね。
頭のなかの同窓会
A'rはそんなぼくの集大成だ。このアナトミカの並びに3年まえに出したのがA'r22724。今年は1月8日に暖簾分けのかたちでA'r139(鎌倉)、3月13日にA'r2415(吉祥寺)をオープンさせた。A'r2415のプレオープンは3月6日。ぼくの誕生日ってわけさ。
A'rは“R”の発音記号だ。読み方は“アール”になるから英語でも日本語でも頭にくるだろ。おまけにこの店のクリーンナップを務めるロッキーマウンテンフェザーベッドの頭文字にもなるってんだ。即決だったね。あとにつづく数列は店の所番地を指している。
我ながら気に入ったネーミングだったんだけどさ、どうやって読むんだって声が多いから面倒臭くなって新しい店からは看板にも片仮名を入れるようになった(笑)。
この店はいってみれば ぼくの頭のなかの同窓会。これまで通ってきたファッションを裏付けるぼくの私物に実名復刻したブランドやアナトミカをエディットしている。私物も売っているよ。5000もあると売っても売ってもなくならないからね。
これは直感としかいいようがないんだけど、吉祥寺の店はレディスに力を入れた。この読みが大当たりして、コロナ禍にあっても予算を軽く上回るペースで推移している。なにがいいたいかというと、A'rはいわゆるSPAとは違うということだ。それぞれの店のスタイルというものが ちゃんとあるよ。
頭のなかを記録する
去年はこれまでのアーカイブを一冊の本にまとめた。『5536 DEEP INSIDE OF NAVY BLUE』がそれだ。この仕事を通してたどり着いたネイビーへの愛をかたちにしている。文字どおりネイビーをお題にしてさまざまなアーカイブの物語を書いた。ヴィンテージにどっぷり浸かったぼくにしかつくれない本だと思っている。
なんでそんな本を出したかといえば、繰り返しになるけれど、過去には値打ちがあるからだ。
できうることなら、元気なうちにヴィンテージや資料の一切合切をぶっこんだ記念館もつくりたい。実際に触れて学ぶことのできる場は絶対に必要なものだからだ。ファッションは座学だけじゃ身につかないからね。で、トルソーに着せた服の後ろを撮りたいなら一回500円を徴収する。悪くない商売だろ(笑)。真面目な話をすれば、学びの季節はどうなっているんだろうとなんにでも興味をもつことが肝要で、ぼくなら絶対金を払ってでも撮りたいと思う。ま、この仕事にかぎった話じゃないけれどね。
なんならぼくの半生もドラマや本にしたいね。タイトルはもう決まっている。『アパレル、アバレル』。どうだい、いいだろ?
次代につなぐために
ぼくがいなくなっても、ベースがいくつもあれば なんとかなるかも知れない。そういう思いに突き動かされて いろんなことをやってきた。
ここ(アナトミカ 東京)は20代のスタッフを集めている。目の届くところなら安心でしょ。ぼくも店に立つよ。いまは土曜が吉祥寺(A'r2415)で、日曜がここだ。手取り足取り育ててきた中堅は地方の店の仕切り役としてがんばっているよ。
SNSにアップする映像は息子(晟韻)にやらせている。アート系の仕事で食っていきたいみたいで、ちょっとまえにGIDDRAっていうギャラリーショップを友だちとオープンした。場所は神山町。よかったらのぞいてやってよ。
もう一軒狙っているけれど、とりあえず店を出す仕事はひと段落した。次はこの店のアニバーサリーモデルだ。今年、店を開けて10年が経つんだ。貧乏暇なしだね(笑)。
最終回に続く。
VOL.2はコチラ。毎週金曜公開予定。
寺本欣児(てらもと きんじ)
1964年兵庫県生まれ。金万などでキャリアを積んだのち、1989年の夏に35 SUMMERSを創業。ロッキーマウンテンフェザーベッド、マイティーマック、ビッグヤンク、ブランギン・ドラゴンを復刻する。2008年にパリのコンセプトショップ、アナトミカのオリジナルレーベルの共同開発をスタート。2009年にスニーカーブランド、ワクワをローンチ。2011年、アナトミカの日本初のフラッグシップストアを東京・東日本橋にオープン。現在はアナトミカ(札幌、名古屋、神戸、青山、福岡)とアール(東日本橋、鎌倉、吉祥寺)の2業態を展開する。
【問い合わせ】
アナトミカ 東京
東京都中央区東日本橋2-27-19 S-building
03-5823-6186
営業:13:00~20:00
定休:火
http://anatomica.jp/stockist.html#tokyo
Photo:Shimpei Suzuki
Text:Kei Takegawa
Edit:Ryutaro Yanaka