タイをしなくてもいい時代になったからこそ、タイにはこれまで以上に意義を感じさせることができるようになっています。
先日、あるニュースサイト内の記事で、今を時めくアプリサイトの役員が、「私はスーツを着ません」「5年はネクタイをしていません」とインタビューに答えていました。これにはSNS上で喧々諤々、さまざまなコメントがよせられていました。
自由な発想を生むには従来の働き方ではできない。だから服装もスーツにタイというスタイルはしない、ということなのでしょう。結果、勢いのある会社の役員となり、ビジネスをきちんと営んでおられるのですから、それをむやみに否定することはできません。

しかし、スーツやタイを身に着けるのは自分のため、というよりも他者への敬意を示すものだと私は信じています。世界に名だたるレストランやオペラ鑑賞にもチノパンにTシャツで出かけることが格好いいことだと思えるでしょうか? 本人は気持ちよくとも、他者は不快なのです。もちろん、毎日そんな場所には出かけませんが、たまにはタイを締め、まわりに敬意を示してみませんか?
■柄はどれがいい?
では、久しぶりにタイをするにあたって、改めて基本的な選び方を考えてみましょう。色はジャケットに合うよう紺またはグレイをベースとしたものが合わせやすい。ピンクやオレンジといった女性が好む色で親しみやすさを出すのも手ですが、週に何度も同じ色は使えないでしょう。印象が強すぎるのです。逆に毎日同じ色を使って、自身の個性を強調するというのも手ですが、印象が強すぎるだけに「これしか持っていないの?」や「タフな仕事に向かない」など、いらぬ詮索を受けそうなので避けましょう。
柄は無地もいいのですが、ジャケットやシャツが無地ならば胸元に立体感や奥行きの出る柄物を選んでみてはいかがでしょうか。

柄で最もオーソドックスなものにレジメンタルストライプという斜めに線の入ったものがあります。向かって右から左の傾斜(カタカナのノの字)は英国式、その逆はアメリカ式のストライプといわれています。レジメンタルとは連隊の意で、つまり軍隊の各部隊をこのストライプの色の組み合わせで表現。このストライプ自体は英国国旗をモチーフとしているそうです。除隊した人も、どこそこの部隊に属していた、ということをこのストライプで表現するために、当時の色を選ぶ人が多かったそうです。そうとは知らずにこのタイを英国で締め、英国人から「お前は●●部隊にいたのか?」と問われ、赤っ恥をかいた日本人がいた、という逸話もありますので、むやみにこのタイを選ぶのは危険と思われるかもしれません。が、英国のタイブランドもこの柄を多く輸出しているので、現代ではそう思われることは稀かもしれません。

なぜアメリカは逆なのか、という答えははっきりしていません。一説には、1920年代に英国王子ウインザー公が渡米した際に、青と深紅のレジメンタルを締めていたそうです。それを見た米国国民はこぞってその柄のタイを求め、またブルックスブラザーズが逆のノの字のレジメンタルを販売し、爆発的なヒットとなったそうです。そのタイは同ブランドで現在も販売されています。
ちなみに、タイ(tie)はイギリス英語で、ネクタイ(necktie)は米語です。

個人的には水玉の柄が好きです。紺地に白の細かなドットが入ったものを数本持っていて、ついこのタイばかり選んでしまいます。水玉は清潔感や清涼感、そしてほのかにかわいらしさがあるように思います。シックな色の組み合わせですから、ビジネスの場で浮くこともありません。水玉が大きくなるとかわいらしさが増してしまい、シックさに欠けるので注意しましょう。

グレイ地に紺の水玉という配色も好きです。これらはジャケットの色を選ばず、使いまわしが効くのもおすすめポイントです。また、ジャケットの濃淡でも書いたように、日本には四季があります。暑い時季には涼感を呼ぶ淡い色合い、たとえば水色を使う。春には芽吹いたような若草色や桜色を。ただし、この色はフレッシュな印象を同時に与えます。若々しくエネルギッシュな印象は時に信頼感の欠如を印象付けるかもしれません。淡い色合いの使い方にはご注意を。秋にはややくすんだオレンジやボルドー、つまり紅葉の色が合います。冬はダークブラウンやダークグレイなどシックな色で人の心を落ち着かせましょう。
■季節に合わせて素材を変える
素材はシルクが基本です。シルクならではの光沢感が胸元に品や華やぎをもたらします。英国のシルクは肉厚で発色はややくすんだような印象、イタリアのそれは薄手でビビッドな発色、というのが特徴です。つまり英国的なパッドの入ったジャケットには前者を、パッドのないアンコンストラクチャーなイタリア的ジャケットには後者を合わせるとバランスが整います。
また、冬に着るフランネルやツイードのジャケットには、タイもウールやカシミアの肉厚なものが似合います。夏のコットンジャケットには、コットンまたはシルク製の薄手ニットタイがいいでしょう。
デザインは、大剣というタイの先端の幅が8.5~9.5㎝が主流です。これよりも細いとジャケットのラペルも細いモードブランドに合う着こなしになります。逆に太いと女性のスカーフのように見えます。モード過ぎるのも、女性的過ぎるのもビジネスマンには関係ありません。それらはホビーとしてファッションを楽しむ人たちのものと考えましょう。

タイの作りは、芯材を表地で包み、背面を縫うのが基本です。この芯材が結構大事で、ここに安価な化学繊維を使っていると首へのフィット感が悪くなり、またきれいな結び目も作れないのです。コットンやウールなどの天然繊維がベストです。しかしそれ自体は見えないので良し悪しの判断をつけづらいのも事実。店員に聞くのもなんだか服オタクみたいで恥ずかしい。

あまりおすすめできませんが、大剣部分を軽く握ってみるのがいいかもしれません。商品ですから変なシワや型崩れを起こしてはいけません。軽く握ってみて、やわらかいか、ビニール袋のようなカサカサした音はしないか、確かめてください。私はひそかにやっています。
■上手に結ぶコツは?
最後に結び方です。プレーンノットという小剣に大剣を巻いて通すのが基本。結び目は小さくシンプルな見た目になります。ボリュームが足りないと思ったら、最初の巻きを二回にしてみるといいかもしれません。次にセミウインザーノット。これはプレーンノットのようにまず巻いて、さらに首部分の小剣に引っ掛けるように巻き付ける方法。プレーンノットよりもボリュームが結び目に出ます。セミというくらいですから、ただのウインザーノットというのもあって、これは引っ掛けて巻き付ける工程を二つにするものです。セミよりもさらにボリュームが出ます。おすすめはプレーンまたはセミウインザーです。

結び目は逆二等辺三角形のようにし、立体感を出すために結んだあと指で握って整えるのがいいでしょう。この結び目の下の大剣部分に、ディンプルと呼ばれるくぼみをきれいに入れるのがファッション誌ではおなじみですが、これはあってもなくてもいい。あればくつろいだ表情になり、入れないと端正な顔つきになります。政治家でディンプルを入れている人はほぼ皆無。入れない方がシックであり、よりフォーマルなのです。

また、大剣の先はベルトのバックルに少しだけかかる長さが絶対です。短くても長くてもだらしない印象を与えてしまいます。結びはじめをできるだけ首に近く、その際に大剣の先がベルトのバックル付近になるよう計算するといいでしょう。

せっかくタイをしたのですから、きちんとした印象を他者に与えたい。ならば、結び目は苦しいと思うくらい上部に締めあげましょう。私がまだ20代のころ、ミラノの名店アル・バザールを取材し、そこで名物店主リーノさんからタイを一本譲ってもらいました。後日、それを締め、ミラノのコレクションを回っているとリーノさんとショウ会場で再会。するとリーノさんは私を見て、チャオと挨拶をするやいなや、私のタイをググッと締め上げます。

苦しいなあ、と思いながら、トイレに行き鏡を見ると、さきほどのタイ姿とは比べ物にならないほど端正な表情になっているのです。その違いは、タイの結び目の上部から白いシャツがちらっと見えていたかいなかった程度の違い。端正だと思ったのは当然後者。しかも、結び目をギュッと締め上げるとタイの生地にシワが出て、それが立体感となり、表情も豊かになります。和装の帯もそうですが、正しく結べば美しく見え、それはそのまま見る人への敬意となるはずです。バーのカウンターでタイを緩める男はセクシーに見えますが、昼はきりりと締め上げましょう。








Photo: Ryouichi Onda
Styling:Takahiro Takashio
Text:Takashi Ogiyama
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