今年7月31日に日本仕様が発表され、10月30日に発売予定のホンダのEV、その名もホンダe。

すでに第1期の注文受付は販売予定台数に達し、注文を一時停止しているそうで、人気のほどがうかがえる。が、一方で満充電での航続距離がWLTCモードで283kmという数字が不満だという人もいる。

たしかに2013年に日本上陸を果たしたテスラ・モデルSが、大量のバッテリーを搭載していきなり500kmを豪語して以来、EVの航続距離はこの数字がベンチマークになった感はある。
なのにホンダeがこのレベルに留めたのは、地球環境に厳しい目を注ぐ欧州の都市部をターゲットにしたシティコミューターだからだ。このコンセプトは当初からブレがなかったという。

ではヨーロッパ人はこの航続距離に不満はないのだろうか。まず思い出したのは2013年に発表されたBMWのi3だ。日本ではレンジエクステンダーと呼ばれる発電用エンジン付きが多く売れていたのに対し、ヨーロッパではピュアEVのほうが多かったと聞かされた記憶がある。
こういう結論が出る理由のひとつに、まちづくりの違いがある。欧州はいわゆる城塞都市がルーツで、街を小さく作るコンパクトシティが根付いている。なので次の街まで家ひとつないところも多い。

よって都市内と都市間でモビリティを分けて考える人もいるのは当然であり、航続距離に限りがあるEVでも、ホンダeのようにデザインにこだわりがあるクルマなら、都市内移動用と割り切って使う人は一定数いそうだ。

しかも都市は人が密集しているから、環境問題もより深刻になる。逆に言えば都市から解決していけば地球全体でもメリットは大きい。ホンダeが欧州のシティコミューターにターゲットを絞ったのは、こうした事情を考えた結果ではないかと思えてくる。
さらに先週、横浜で行われたホンダeの試乗会で開発担当者に想定ユーザーを聞くと、たとえばドイツではメルセデス・ベンツEクラスやBMW5シリーズなどを会社から支給されたカンパニーカーとして使う、ある程度社会的地位の高い世帯のセカンドカーを想定しているという答えが返ってきた。

ドイツのプレミアムメーカーもコンパクトなEVは出しているけれど、スマートは2人しか乗れないし、BMWi3はスタイリングが先鋭的すぎるという声もある。親しみやすい見た目の4人乗りというホンダeはたしかに適役という感じがする。
エンジン車でもいいじゃない、という主張はヨーロッパでは通りにくいだろう。今のヨーロッパはとにかく環境意識が高い。アルプスの氷河減少やヴェネツィアの浸水など、リアルに影響が出ているからだろう。
だから新型コロナウイルスに対応した新車購入のための補助金も、たとえばドイツでは自動車業界の反対を押し切ってEVやプラグインハイブリッド車、燃料電池自動車限定としている。まず経済を回復してから次に進むのではない。ピンチはチャンスと捉えているようだ。

ではなぜ日本では航続距離に不安を持つ人が多いのか。ひとつは狭い島国にいるからだろう。たとえばヨーロッパなら、ドイツのベルリンからポルトガルのリスボンまで3000km近くあり、普通ならクルマで行こうとは思わない。アメリカもそうだが、乗り物の使い分けが自然に身につきそうな環境なのである。
しかも日本人は、いざというときのことを必要以上に考える。年に1~2回しか3列シートを使わないのにミニバンを買おうとするのは典型例だ。他の分野でも、政治を筆頭にいろいろな部分が曖昧で、割り切りができず、引き算よりも足し算のモノ選びを好む傾向がある。

その点筆者はフランスの実用車ばかり乗り継いできたためもあって、割り切りが染み付いている。そんな人間にとってホンダeは、今年の新車ではダントツに新鮮だった。
フレンドリーなスタイリングは日々の生活にうるおいをもたらしてくれそうだし、リビング感覚のインテリアは止まっている時間が長いシティコミューターに合っている。スマートフォンでドアロックが解除でき、ドアミラーはデジタル式。クルマに合わせて最先端が詰め込んである。

しかもリアモーター・リアドライブは小回りが効くし、なにげなく交差点を曲がるようなシーンでもタイヤがアスファルトを蹴って加速していく様子が伝わってきて、あらゆるシーンでファントゥドライブが味わえた。
それでもホンダeを、航続距離が短い点だけを取り上げて否定するのは、個人の自由だからかまわない。ただクルマの出来が素晴らしかっただけに、それはもったいない行為ではないかとも感じている。





Text & Photos:Masayuki Moriguchi
Edit:Takashi Ogiyama
森口将之プロフィール
