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FASHION 百“靴”争鳴

【靴職人「グレンストック」五宝賢太郎】
渡辺謙に靴づくりを教えたシューメーカー 〜後編〜

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百靴争鳴。日夜美しい靴作りに情熱を燃やし合う、異色の靴職人たちへのインタビュー集。

あるときはビスポークシューメーカー、またあるときはシューリペアラー、しかしてその実体は……五宝さんはその名台詞で知られる多羅尾伴内ばりに七つの顔をもっていました。

しかも、スニーカーブランドのディレクションもやればドラマの監修もやる、という具合に裏の顔は一靴職人の領域をはるかに超えたもの。たとえがあまりに古かったので念のために解説すれば、多羅尾伴内は戦後すぐの名作シリーズ『七つの顔の男』の主人公で、あの片岡千恵蔵が演じました。

生活に根づいたプロダクト

ようこそいらっしゃいました。まずはお茶で一息ついてください。

その湯呑み、手に優しいでしょ。新潟は阿賀野市でつくられている庵地焼といいます。手がけているのは、高齢の三姉妹。姉妹は裏山の土だけをつかって焼き上げています。表面に梨地を浮かべたどっしりとした風格は その土を知り抜いたからできるものです。ぼくは近い将来、日本で獲れるジビエの革で靴をつくりたいと思っていて、裏山の土にこだわる彼女たちには大いに共感しますね。

店にあるものは じっくりひとつひとつ選んできました。

ライトはセルジュ・ムーユ。1950年代に活躍したフランスのデザイナーです。花器はイタリアのムラーノガラス。気泡の面白さは一日中みていても飽きません。テーブルはハンス J. ウェグナーで、あなたが腰かけている椅子は地元徳島の宮崎椅子製作所。地元でありながら知りませんでしたが、名だたるデザイナーとともに椅子をつくってきた名門老舗です。曲げ加工の素晴らしさにはうっとりします。

壁にかけているのはストリングアート。1970年代のアメリカで生まれたウォールアートで、金がない若者がひたすら釘を打って、そこに糸をかけたのがはじまりです。これは向こうでキャリアを積んだ古賀暁さんという作家につくってもらった作品です。

それらに共通するのは、生活に根づいたプロダクトであるということ。まさしくぼくが志しているものと軸を一にします。

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あぁ、ドライフラワーは週一回通ってくれる花屋さんにお願いしています。

昆虫採集は今日もやってきました(笑)。クワガタが好きで、近ごろはナナホシテントウやゾウムシも追いかけています。採取ポイントは表参道や青山、最近は田園調布にも足を延ばしています。昆虫っていうと田舎のものと思われがちですけれど、じつは都会にも多く暮らしているんです。人間だけのレイヤーだと思ったら大間違いで、東京も複数のレイヤーで構成されている。そういうリアルな東京を表現したかったから、ドライフラワーを飾っているんです。

このビルは1964年に建てられたものです。コンクリートジャングルってネガティブな印象の強い言葉ですが、丹下健三ら当時のデザイナーがたしかに未来を目指したひとつのかたちであり、そしていま、スクラップがはじまっています。

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町の成り立ちもこの物件を借りる決め手になりましたね。六本木は じつはものづくりの町としての側面もあった。かつてはあのブリヂストンも工場を構えていました。工員は都電にゆられて工場に通ったとか。向かいのビルには『暮らしの手帖』の編集部があったそうです。

町の靴屋を目指して

話を戻せば、ぼくが目指しているのは生活に根づいたプロダクトです。生活に根づいたプロダクトをつくり、直す店だから町の靴屋、というわけです。ぼくは町の靴屋として、そこに暮らす人々の役に立ちたいと思っています。

六本木といえば日本を代表する商業地ですが、ここで生まれ育った人がいて、生活があります。遠方からのお客さんもいますが、六本木育ちのおばあさんこそ大切なお得意さんです。黒人のデイヴィッドもこの店を通して知り合いました。弟子入りをしたいといわれたときには さすがに驚きました。

口幅ったいけれど、根っこにあるのは社会貢献という考え方です。それは両親が口を酸っぱくしていったことでした。これはもう五宝家の家訓のようなものですね。教職家系のアウトローですが、そこは守りました(笑)。

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店を出すなんて いまの時代に逆行している、なんて意固地なんだと説教されたこともあるけれど、そんなわけで こればっかりは避けて通ることのできない道でした。もちろん決して理想だけで走っているんじゃありません。こうみえて、修理屋としてもきちんと採算がとれているんですよ。ヘップ(サンダル)をたっぷり直していますからね(笑)。

そういうスタンスが枝葉のように広がっていって、いまのグレンストックがあります。ジェネラルリサーチの小林節正さんやミハラヤスヒロの三原(康裕)さんに目をかけてもらっているのも、ドラマの監修をやらせていただいているのも、すべては町の靴屋から始まりました。

監修させていただいたドラマは、有名なところでは『陸王』と『おやじの背中』。『おやじの背中』は渡辺謙さんと東出昌大さんが共演して話題になったオムニバスドラマですね。ふたりとは本番の撮影を前に二泊三日の集中合宿を行いましたが、川の字に敷いた布団のなぜか真ん中にぼくが寝ました(笑)。

差し障りがあるので名前は明かせませんが、さる紳士との出会いがぼくを大きく成長させました。

救急病院に担ぎ込まれたほどの試練

あるときひとりの紳士が訪れました。誰もが知るブランドの靴をおもちになって、オールソールを依頼されました。なんと、そのブランドの日本法人の代表でした。

くだんの底付けには みたことのない技術が使われていました。すでに靴修理チェーンの底付けのアウトワーカーとしても それなりにやってきましたから、それなりの自信がありましたが、それでもこれまでの経験値では太刀打ちできませんでした。ぼくはバラす前から目を皿のようにして観察しました。おかげでなんとか かたちにすることができた。

すると今度は3足まとめて修理の依頼がありました。これまた みたことのない靴でした。無我夢中になってそれらの靴と格闘しました。忘れもしないお盆前のことです。無事納品を終えたぼくはそのまま胃潰瘍になって救急病院に担ぎ込まれました。漫画みたいな、ほんとうの話です。

時をおかず、正式に修理を請け負ってくれないかといわれました。たいへん光栄なことでしたが、これではとてもじゃないけれど体がもたない。ぼくは苦渋の決断でその申し出を断りました。

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ところが半年後にまた、オファーがありました。納めに訪れたぼくはそのまま料亭に連れていかれました。キャッシャーのない店なんて生まれてはじめての経験でした。そんな店にいくことになるとは思いもよらなかったぼくの格好はといえば、Tシャツにショーツ、そしてサンダル(笑)。そこでも重ねて説得されたぼくは、少しずつなら、ということでこの仕事をお受けすることにしました。

晴れて契約を結んだぼくは本国の研修にも参加させていただきました。現在、その修理だけで月平均で80足あります。おのずと手は慣れていきましたね。九分仕立てなら一日5足あげられます。関(信義。昭和、平成を代表する靴職人)さんは6足ですか。それは悔しい。5足と6足の差はとっても大きいんです。

スニーカーもビスポークできます

おもな仕事はビスポーク、修理、企業関連の3つ。割合はざっくり等分の感じですね。ディレクション業務では あらたにルコック スポルティフがはじまります。まさに町の靴屋の面目躍如たるよろず屋っぷりです(笑)。

スニーカー業界はテクノロジーの面で はるか先をいっています。おんなじ履物なんですから、スルーする手はない。グレンストックのビスポークシューズではヒールカウンターにTPUを使っていますが、これはスニーカーから生まれたテクノロジーです。

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スニーカーといえば、こちらもビスポークでおつくりしますよ。スニーカーってオートメーションの工場でつくられていると思われがちですが、じつは手の仕事なしには成り立たない。そういう生産背景に思いを巡らせてもらえるきっかけになれば うれしいです。

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ボーダーレスなグレンストックを象徴する裏メニューが、ドアノブ。代表的なところではアメリカンスピリットのショールームと青山の焼き鳥屋さんのドアノブは ぼくの作品です。焼き鳥屋さんはその後、ミシュランをとられたんですが、主人はドアノブのおかげだって喜んでくれました。そのドアノブはパンプスのスタック巻きを応用したものでした。

ドアノブの制作を請け負うようになったのは建築家の田中裕之さんに声をかけられたのが きっかけでした。ぼくは北大路魯山人が好きなので、これは面白いぞって二つ返事でお受けしました。魯山人は店の看板を書くことで食の世界に入っていった人ですからね。ファーストタッチとなるドアノブは通じるところがあるでしょ。

靴はぼくにとって社会貢献を実現するためのツールです。そういう思いが根っこにあるから、自分を表現したいなんて気持ちは芽生えようがない。英国靴の本流をかたちにしたいという欲はありますが、いまじゃない、というのはそういうことです。

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屋号のグレンストックは谷のグレンと在庫のストックを掛け合わせた造語です。お客さんの脳の奥底に眠るイメージをかたちにするお手伝いができれば、という思いで名づけました。グレンの“L”を“R”に置き換えたのは洒落です。

Video&Photo:Naoto Otsubo
Text:Kei Takegawa
Edit:Ryutaro Yanaka

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五宝賢太郎(ごほう けんたろう)
1981年、徳島県生まれ。茨城大学生活用品デザイン科在学中より稲村有好に師事。2007年に工房を引き継ぎ、10年に屋号をグレンストックに改める。15年に六本木店をオープン。

 

【問い合わせ】
グレンストック 六本木店
東京都港区六本木5-16-19
03-6277-7129
営業:11:00〜20:00
定休:日曜
http://grenstock.org



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