FASHION ― 百“靴”争鳴

【世界が認めたビスポーク靴職人】
失恋、ラブレター、完コピ、そして日本屈指の職人に。福田洋平(前編)

2020.7.31 2020.7.31
2020.7.31

福田洋平さんといえば、自他ともに認める日本屈指のビスポークシューメーカーです。近ごろはあらたにローンチしたレディ・トゥ・ウェアの話題で持ちきりですが、まずはビスポークシューメーカーとして独り立ちするまでの青の時代をたどりたいと思います。そこには、『アメリカン・グラフィティ』と『ベスト・キッド』を足して二で割ったような物語がありました。

ハートブレイク・ジャーニー

わたしが靴職人の道を進むきっかけは、失恋(笑)。高校時代、わたしには2つ上の彼女がいました。同級生のお姉さんでした。一足先に高校を卒業した彼女は東京の大学に進学、留学制度を利用してロサンゼルスへ行きました。高3のクリスマスを一緒に過ごすべく、わたしはアルバイトをはじめ、駅前留学のノバに通いました。念願の航空チケットを手に入れた翌日、電話をかけてきた彼女の口から出たのは、別れの言葉でした。

電話一本で はいそうですかと引きさがれるものではありません。それにチケットはすでに手元にあります。ひとまず話を聞かせてほしいとロスへ向かいました。しかし とうとう理由はわからないままに彼女を失いました。

わたしは ただ悲しんでいるわけにはいきませんでした。なぜならば、高校を卒業したらロスの語学学校に通いながら やりたいことを見つけようと皮算用していたからです。もちろん大学進学のことなんて まるで頭になかったわたしは早急に次の一手を考える必要がありました。

仲間にも大きな口をきいた手前、地元富山にとどまる選択肢はありません。わたしは藁にもすがる思いでイギリスへ行きました。もともとブリティッシュ・ファッションに惹かれていたところにクラシック回帰のブームがあった。本場の空気が傷心を癒してくれることを期待したのです。その時点ではまだ、靴職人になるなんて夢にも思っていませんでした。

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イギリスについたわたしは、まずは語学学校に入学しました。クラスメートが靴の学校を見学に行くのを知り、面白そうだと ついていったのがことのはじまりです。そこで出会ったのが はるかむかしのヴィンテージシューズ。わたしは文字どおり、鳥肌が立ちました。この靴をみずからの手でつくりたい──。

いきなりの海外生活に不安はなかったのかって。田舎者のわたしにとっては、東京に出ることに比べれば ずっとハードルの低いものでした。

祖父につくった真っ白な靴

物心ついたときにはファッションもものづくりも優先順位の高い関心事になっていましたね。古着屋巡りをはじめたのは小学校5年のことですから、なかなか早熟でした。古着屋で買ったボクシングシューズのソールを張り替えたこともあります。買ったはいいが、ボクシングシューズのソールは街で履くには耐久性に難があったからです。量販店で見繕ったスニーカーのソールを剥がしてとりつけました。

祖父が手を動かすことの好きな人でした。庭の造作はすべて自分でやっていました。松の手入れや雪囲いは朝飯前。池の水を床下まで引いて廊下をガラス張りにしたことも。家にいながら鯉が泳ぐ姿がながめられました(笑)。そして出かけるときは仕立てたスーツを ぱりっと着こなす人でした。

父はいたって真面目な公務員なんで、福田家の子どもは祖父の影響を色濃く受けたんでしょうね。わたしは靴職人、兄はジュエリーデザイナーの道を進みました。兄は日本有数の伝統工芸士のもとで学んだのち、ジャスティン ディビスのデザイナーに。現在はガーデルというオリジナルブランドを展開しています。

福田家は3人兄弟で、妹がいるんですが、兄ふたりのそんな自由すぎる生き方をみてきたからか(笑)、システムエンジニアになりました。

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祖父は晩年、わたしに真っ白な靴をオーダーしました。わたしは腕によりをかけて採寸からはじまる本格的なビスポークシューズをプレゼントしました。祖父は「もったいなくて おろせない」とうれしそうに話していました。数年前に棺に入れてやったのですが、履いた形跡はありませんでした。

話をイギリスに戻しましょうね。本格的に靴を学ぶことを決めたわたしはいったん帰国します。その時期に訪れたのがクリスピン。富山を代表する靴の名店です。オーナーの松井(健資)さんは快く相談に乗ってくれました。靴にかんする書籍もずいぶんと借りましたし、なんやかんやと世話になりました。いまでも感謝しています。

名だたるシューメーカーで研鑽

いち早く現場を肌で感じたかったわたしは名だたるシューカンパニーに手紙を書きました。まだ学生だが、ぜひ働かせてほしい、と。ノーサンプトンは人のつながりがすべてといっていい田舎町です。連絡先を知ろうと思えば友人からたどるか、そうでなければ電話帳しかありません。そんなところですから、手紙は欠かせないツールでした。そもそも学生のわたしには実践経験がない。大して役に立たないだろう若造をつかってもらおうと思えば、礼を尽くすのは当然でしょう。

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おかげさまで学校に入って1年目にジョン・ロブ・パリ、2年目にエドワード グリーン、チャーチ、ジョージ・コックスが迎え入れてくれました。

卒業後はジョージ・クレバリーのアウトワーカーとして働くことになりました。イアン・ウッドに面倒をみてもらうことを条件に、彼の孫請けというかたちで修理の仕事がもらえることになったのです。イアンはジョン・ロブ・ロンドンのシューメーカーとしても知られた男で、ボトムメイキングを教えてくれた恩師です。一足でも多くの靴に触れたかったわたしはイアンの家のすぐそばに引っ越しました。それから3年。年平均で100足の靴をバラしました。

ハンドソーンには つくり手それぞれの癖があります。わたしは完全なる黒子としてこれを忠実に再現することに熱中しました。朝の7時から夜遅くまで。まさに靴漬けの毎日でしたが、辛いと感じたことは一度たりともありませんでした。

イギリスで過ごした数年を振り返れば、“楽しい”以外の感想が思いつきません。朝日とともに目を覚ますのが、楽しくて、仕方がなかった。わたしをイギリスへ誘った“哀”と“怒”はすっかり姿を消して、心のなかは“喜”と“楽”で満たされたのです。

やはり講師だったガジアーノ&ガーリングのトニー・ガジアーノにも目をかけてもらっていたわたしは、彼が取り仕切ったエドワード グリーンのビスポーク部門のボトムメイキングも任されるようになりました。

2008年、帰国したわたしはヨウヘイ フクダを立ち上げました。

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最高の普通

留学時代のわたしは暇さえあれば 古い文献を読み漁りました。クラシックにはひとつひとつ、意味があります。たとえばインクの塗り方ひとつとっても一方向に均一に塗りましょうなどと事細かに解説がなされており、そのどれもが理にかなっています。先人の知恵をまずは吸収すること。これを課題としたわたしは、いまなおゴールに辿りつけていません。日々、あらたな発見があります。

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そんなわけで、デザインの創造というものには興味がありません。パンチドスワンネックと名づけた意匠が唯一の遊び心といえるかも知れませんね。本来ステッチで表現するスワンネックをパンチングに置き換えました。

デザインはオックスフォード、トウラインはチゼルトウをハウススタイルとしています。

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最高の普通──それがわたしの目指す靴です。そう考えるわたしにとって、100年以上も前に完成したオックスフォードは 一生を賭けて追求するにふさわしいデザインでした。チゼルトウもしかり。授業でもシティならチゼル、カントリーならラウンド、と学びましたしね。

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ヨウヘイ フクダのもうひとつのアイコン、ツイステッドラストは少々エキセントリックな木型です。ニコラス・タックゼックやアンソニー・クレバリーといった伝説のビスポークシューメーカーが確立した構造で、その名の通り ねじれています。シルエットにメリハリを生み、あおり歩行(かかと外側から小指付け根、親指の付け根へと重心が移動し、そして蹴り出す歩行の正常動作)をサポートします。

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わたしはロイヤルワラントホルダーを目指しています。それにはなお一層の修練が必要ですが、採寸に関しては すでにある程度のところまで来ていると思います。

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片足で10近い採寸ポイントがあり、写真にも収めます。仮縫いではナイフを入れて足の具合を目視します。ビスポークは本来、何足もつくってようやく自分の足にフィットするものとされてきました。貴族ならいざ知らず、いまのわれわれにそんなのんびりしたやりとりは許されません。ここは改善の余地があるだろうと考え、ブラッシュアップしたシステムです。

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仮縫いで得た情報をもとに木型に調整を加え、アッパーをいちからつくっているのもポイントです。仮縫いのアッパーそのままですと、どうしてもバランスが崩れますからね。

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フランスの名靴が認める

ジェイエムウエストンから声がかかってコラボレーションのプロジェクトが動きはじめたことがあります。いまから5年ほど前のことでした。本社にお邪魔して、実際に いくつかデザインも提案したんですが、実現にはいたりませんでした。体調不良で工場長がリタイアされたこと、クリエイティブ・ディレクターだったミッシェル・ペリーが退任されたことなどが重なってしまったためです。

しかしその縁で、ジェイエムウエストンアワードという交換留学の研修先に選ばれました。フランスの職人は わたしかヒロカワ製靴さん、日本の職人はウエストンかコンパニョン・デュ・ドゥヴォワール(職人訓練組織)のもとで研修を受けるというプログラムで、すでに3年続いています。

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一度は立ち消えになったコラボレーション・モデルも昨年ようやく つくることができました。定番のモデル、スプリットトゥダービーに手染めのボックスカーフを載せて、シューレースを平紐に、ライニングをオリーブカラーに変更しました。ヨウヘイ フクダ流のエレガントで再解釈したのです。当アトリエのみの展開でしたが、1ヶ月の受注期間で70足の注文をいただくことができました。第二弾も考えています。

ジェイエムウエストンとのお仕事はこれまでが報われたようで感慨深いものとなりました。とはいえまだまだです。

次の一歩が、レディ・トゥ・ウェアでした。

Photo: Shimpei Suzuki
Text:Kei Takegawa
Edit:Ryutaro Yanaka

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福田洋平(ふくだ ようへい)
1980年、富山県生まれ。高校卒業後渡英、職業訓練校のトレシャムインスティテュート入校。在学中からジョン・ロブ・パリ、エドワード グリーン、チャーチ、ジョージ・コックスで研修を受け、ジョン・ロブ・ロンドンのシューメーカー、イアン・ウッドの薫陶を受ける。卒業後はジージ・クレバリーでリペア、エドワード グリーンとガジアーノ&ガーリングでボトムメイキングのアウトワーカーを務める。2008年、ヨウヘイ フクダを創業。
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【問い合わせ】
Yohei Fukuda
東京都港区北青山2-12-27 BAL 青山 2F
03-6804-6979
営業:11:00〜20:00
定休:日曜
https://yoheifukuda.com
※レディ・トゥ・ウェアでは、あらたにD、E、F、Gのウィズの展開もスタートしています。

Author profile

竹川 圭
竹川 圭
Takegawa Kei

エディター
ライフスタイル誌を経て独立。下町の人情と赤提灯に惹かれ、社会に出てからはイースト・トーキョーを転々とする。近著にノンフィクション『至高の靴職人』(小学館)がある。

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靴磨き 革靴

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