FASHION ― 百“靴”争鳴

【シューデザイナー 金子真】雄弁なモノクロフィルムを思わせるカルマンソロジー 〜前編〜

2019.12.20 2019.12.20
2019.12.20

山形県・南陽市にて カルマンソロジーの製作ラインをこじレポ! 金子さんが語った靴づくりにかける思いとは?

秋の終わりにカメムシがどっさりと出た年は大雪になるという。先人の知恵は侮れなかったようで、山形の南陽市はまだ11月の半ばというのに、いまにも雪が降りそうな鈍色の空をしていました。町の外れにある赤湯駅に降り立ったのは金子真さん。飛ぶ鳥を落とす勢い、という褒め言葉がぴったりのカルマンソロジーのデザイナーです。金子さんが向かう先は その製造を請け負う、宮城興業。

古着に導かれた靴の世界

背中に張りつくような、グラマラスなシルエット。そのコートをみたとき、子ども心になんて美しいんだろうと うっとりしました。わたしが感動したのは、祖父が仕立てたコート。祖父は高知県は中村市という片田舎の町でテーラーを営んでいました。なんでも金子式、という独自のパターンを編み出したそうです。

父も洋品店を商っており、わたしは自然とファッションに興味をもつようになります。とりわけ好きだったのは古着。高知を制覇したら四国全域、四国を制覇したら大阪、そして東京という具合に古着屋巡りの行動範囲はつかえるお金が増えるにつれて広がっていきました。

なんでこんなに古着に惹かれるんだろう。われながらその散財っぷりにあきれはて(笑)、あるときあらためて考えてみたことがあります。

つかい込まれた服って、かつて袖を通した ひとの温もりがたしかに感じられる。わたしはそこに惹かれたようでした。

わたしは とくに迷うこともなくファッションの専門学校を選んで、アパレルの会社に就職しました。

そこで靴の事業部に配属され、気づけば10余年。一般の会社でいえば管理職のような仕事が増えました。歳相応の責任があるのは当然です。仕方のないことではありますが、デザイナーの道を選んだ以上、わたしは一生プレイヤーでいたかった。6年の準備期間を経て立ち上げたのがカルマンソロジーです。

社会人の振り出しは営業部門でした。どうしても企画がやりたかったわたしは、本業が8時に終わるとそこからデザイン画を描きました。描き上がったデザイン画をチーフデザイナーのデスクの上に置いて帰る、の繰り返し。まったく採用されませんでしたが、そんな姿を事業部長は みていてくれました。チーフデザイナーが独立するにあたり、お前やってみるかって。

引き継いで2〜3年は誰からも相手にされませんでしたね。とりわけ工場さんがつれなかった(笑)。わたしは負けじと現場に飛び込みました。そうして靴づくりのいろはを学んでいきました。

風向きが変わったのは そこそこ売れた靴がつくれてからです(金子さんは謙遜するが、大ヒットといって過言ではない売れ方をした)。それは父のお下がりをモチーフにしたものでした。

中学に上がるまえにもらったその靴は、黒のウイングチップでした。心の底から格好いいと思った。硬いツヤ感というんでしょうか。そこにやられました。もちろん大きすぎるから、いろいろ工夫して履いていました。以来、わたしは黒の編み上げブーツばかり履いてきました。

カルマンソロジーが黒にこだわるのは、そういう原体験があったんです。そして黒には、シルエットの美しさをよりくっきりと浮かび上がらせる効果が期待できる。

シルエットとディテール

カルマンソロジーはCALM(静寂)とANTHOLOGY(詩集)を掛け合わせた造語です。ジャン=ウジェーヌ・アジェと出会った感慨を、ブランド名に込めました。アジェはパリの街を撮りつづけた近代写真の父。その写真集をみつけたのは馴染みの古着屋さんでした。

凛とした作風に圧倒されました。すべての音を消し去ったような静謐な世界なのに、ページをめくるたび、美しい言葉が立ち上ってくるようだった。

シルエットで勝負したいカルマンソロジーにぴったりのネーミングだと思いました。

その木型は20世紀前半に活躍したイギリスの木型職人、モビス・ミラーのアーカイブをベースにしています。ミラーはチャールズ皇太子の木型をつくっていたことでも知られるひとです。

ミラーが削った木型をみて、わたしは打ちのめされました。だってここにしか引けないってデザイン線が浮かび上がってくるんですよ。デザインに正解などないと考えていたわたしにとって、それは衝撃以外のなにものでもありませんでした。

ポイントは、足にフィットする有機的な構造ながら、はたからみればメリハリに乏しいともいえるストイックなシルエット。ラテンなブランドにみられる、これみよがしな木型がどうにも苦手なわたしにとって、もっとも美しいと感じられる木型です。

少々専門的な話になるので、かんたんに解説します。ミラーに範をとったカルマンソロジーの木型は、かかとの起点を外にずらして、通常2つのラインで構成するアウトラインを3つに分割しています。この設計により、抑揚が外に響かない木型が完成します。

現場からは中心線がとれないと泣きつかれましたが、無視を決め込んだら いつの間にかできるようになっていた。慣れるんだなって思いました(笑)。

シルエットと同等か、あるいはそれ以上に心血を注いでいるのがディテールです。

ステッチピッチはひときわ大切にしています。出し縫いは一寸あたり、レザーソールで10針、ラバーソールで9針。底付けの職人さんにはミシンは気持ち後ろに引きながら掛けてもらうようお願いしています。勢いに任せるとどうしても粗くなってしまいますからね。出し縫いは、連なるように打ち込まれていなければなりません。

サンプルチェックをするわたしの右手には物差しが握られています。指定どおりのピッチで仕上がっているかどうかは、かならず計って確認します。

ミシン糸は日本の老舗、キンバのポリエステルです。一般にデニムにつかわれる糸ですが、これが革になじむんです。ソールはイタリアのCMC社製。銀面がしなやかで、禍々しさが微塵もない(笑)。

ものをみる目は古着をとおして養われたものなので、小遣いをやりくりして買い漁った当時の自分を褒めてやりたい気持ちでいっぱいです(笑)。

つま先も自慢のディテールです。シワ一本ない、つるりとした表情をしていますよね。簡単そうにみえてそうは問屋が卸しません。もっともカーブのきついところですから、ふつうに釣り込めばどうしてもシワが寄る。業界では猫の手っていいます。似ているでしょ。

カルマンソロジーのつま先が猫の手にならないのは、この工程に手の仕事を採り入れているからです。手なら、調整がきく。その差は歴然です。

そして素通りできないのが、中底。これはわたしもカルマンソロジーを手掛けるまで知りませんでしたが、猫の手になる最大の原因は分厚く硬い中底をそのまま釣り込んでしまうことにありました。中底が馴染むにしたがってきっちり釣り込んだはずのつま先に隙間が生じる、という寸法です。

カルマンソロジーでは水に浸して木型の底面に沿わせ、しばらく寝かせています。ビスポークなら当たり前のプロセスですね。

いってみればカルマンソロジーは、大量生産のなかでこぼれ落ちていったもろもろを現代の職人の力で蘇らせようという試みであり、宮城興業という工場がなかったらこの世に生まれなかったと、そう断言できます。わたしは基本、出不精で、普段の生活は渋谷から学芸大学のあいだをうろうろしていますが、宮城興業だけは別。なにかあればすぐに飛んできます。

いつの日か、蚤の市に転がっているカルマンソロジーをみつけた若者が、10代のころのわたしのようになにかを感じてくれたら、こんなにうれしいことはありません。

初回の店出し分は自分の手で鏡面磨きをしています。わたしも職人のひとりとして、この靴に携わりたいんです。それにしても数をこなすってのは大切ですね。いまでは一足10分もあれば光るようになりました。

Video&Photo:Yoshihide Shojima
Video edit:Airi
Text : Kei Takegawa
Edit:Ryutaro Yanaka

金子 真
ドメスティックシューズブランドに約17年在籍し、チーフデザイナーとしてモードからクラシックに至るまで様々な手法を取り入れた靴作りで高い評価を得る。2018年春夏シーズンより「CALMANTHOLOGY」を立ち上げ、日本人ならではのバランス感覚と国内最高峰の職人技を取り入れた新たなスタンダードとなるシューズブランドを目指し、ディレクター兼デザイナーとして活動中。


【問い合わせ】
カルマンソロジー
https://calmanthology.com/

Author profile

竹川 圭
竹川 圭
Kei Takegawa

エディター
ライフスタイル誌を経て独立。下町の人情と赤提灯に惹かれ、社会に出てからはイースト・トーキョーを転々とする。近著にノンフィクション『至高の靴職人』(小学館)がある。

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