CULTURE ― 落語へGO!

玉の輔の「落語へGO!」其の壱

2019.6.1 2019.6.1
2019.6.1
落語ブームと言われて久しいが、もうブームではなくすっかり人気は根づいている感がある。若者の街でも落語会が定着してきた。若い男女は「おもしろい」と聞けばどこでも出かけていく。出遅れてしまったあなた、今からでも遅くはない。この奥の深い落語の世界、オトナだからこそ楽しめるんだから。落語協会理事でもある五明樓玉の輔(ごめいろう たまのすけ)師匠に落語の楽しさ、味わい方を案内してもらった。
落語って、どこで聴けるの?

 現在、定席(じょうせき)としては都内に4ヵ所あります。上野にある鈴本演芸場、新宿の末廣(すえひろ)亭、浅草演芸ホール、池袋演芸場。定席ではありませんが、国立演芸場でも落語を聴くことができます。
 大阪には天満天神繁昌亭(てんまてんじん はんじょうてい)があります。また、仙台には魅知国定席花座(みちのく じょうせき はなざ)が2018年春、移転して定席になりました。同年7月には神戸新開地・喜楽館(きらくかん)がオープンしています。
 こういう定席は、いつ行っても入れて、落語だけではなくいわゆる色物(手品、漫才、太神楽など)もあるので飽きずに見ることができるのではないでしょうか。

@鈴本演芸場

 たとえばある日の上野鈴本を例にとると、昼の部は12時半から16時半まで。落語の合間に漫才や手品なども入って14組の芸人が出場します。途中から入ってもいいし、途中で出てもいいつまんなきゃ寝ててもいいし。鈴本の場合は席で飲食OKなので気楽にくつろいで楽しむことができます。寄席によってはアルコールがOKなところもあるし、昼夜の入れ替えがないところもあるので、なんなら昼から夜までいてもいいんですよ。

 入場料は東京の寄席だと、2500円から3000円くらい。夜の中入り(休憩)後に入場すると割引になったりもします。
 
 定席以外にも落語はあちこちで聴くことができます。あちこちのホールでの落語会、あるいはちょっとした料理屋や蕎麦屋や居酒屋、お寺や神社、小さなカフェや喫茶店、なかにはバーでということもあります。バーのカウンターに噺家が座って落語をするとか(笑)。

 噺家であるボクから言わせてもらえば、まずは寄席で聴いていただけたらうれしいですね。寄席には、時空を超えた「何か」があるんですよ。たくさんの芸人がいますから、いろいろ聴いてみると自分のお気に入りの噺、あるいはお気に入りの噺家が見つかるはずです。もちろん、落語ではなく色物さんの芸にはまる人もいます。今の時代、映画だって「決まった時間に入って入れ替え制」という時代に、ふらりと行って座って楽しめるものは寄席だけなんです(笑)!

 寄席は敷居が高いと思っている方も多いようですが、決してそんなことはありません。「てけつ」と呼ばれる切符売り場でチケットを買って入るだけです。「てけつ」は自動販売機ではなくて、今でも寄席はちゃんと人が売っているんです。それだけでもいい感じじゃありませんか(笑)。慣れてきたら、「今日は混んでます?」なんて言葉を交わしてみるのもいいものです。扉を開けたら別世界が広がっていますから、ぜひ一度、足を踏み入れてみてください。

そもそも落語って何?

 落語とは……なんて、あまり考えたこともないんですが(笑)、簡単に言うと、高座に敷かれた座布団に座って、ひとりで噺をする大衆芸能のひとつです。噺家(落語家)は、季節(やネタ)に合わせた着物を着ていて、小道具は扇子と手ぬぐいだけ。ひとりで何役も語り分けて噺を紡ぎます。噺の最後に「オチ(サゲ)」がつくのが特徴で、もともとは滑稽な噺が多く「落とし噺」と呼ばれていました。
 落語の始まりは諸説あるんですが、室町時代末期から安土も桃山時代にかけて大名の話し相手をしたり世間話を聞かせたりする「お伽衆(おとぎしゅう)※1」だと言われています。
 
 江戸元禄期(1688~1704年)になって、京都では露の五郎兵衛が四条河原などの道ばたで活躍。これを「辻噺」といって、辻噺をおこなう人を「噺家」と呼ぶようになりました。少し遅れて大坂では米沢彦八が、生玉神社の境内で小屋掛けの落とし噺で人気を博します。
さらに同じ頃、江戸では大坂出身の鹿野武左衛門(しかの ぶざえもん)が芝居小屋や風呂屋で噺をするように。彼は酒宴などの座敷に呼ばれて演じる「座敷噺」を始めたそうです。

 江戸の落語は一時期下火になりますが、18世紀後半になると大都市となった江戸では、さまざまな芸人がお客を集めて席料をとるようになりました。小唄・端唄、説教などいろいろあったようですね。これを「寄せ場」と言ったことから「寄席」が始まりました。
 江戸の櫛職人だった初代三笑亭可楽が、寛政10年(1798年)、現在台東区の下谷で寄席を開いたということで、江戸の噺家の祖は、この三笑亭可楽だと言われています。三題噺を始めたのも可楽で、人気を博したそうです。

 そして落語中興の祖と呼ばれているのは、三遊亭圓朝(1839-1900)でしょう。圓朝の作った落語は今も名作としてたくさん残っています。二葉亭四迷が『浮雲』を書いたとき、圓朝の落語公演筆記を参考にしたとされ、明治の言文一致体にも大きな影響を及ぼしたようです。歌舞伎化された作品も多いんですよ。われわれ噺家にとって圓朝は、まさに別格ですね。
 
※1 お伽衆のひとり、京都の僧侶である安楽庵策伝(あんらくあん さくでん)が京都所司代に語った話がもとになった『醒眠笑』(1623年)が、滑稽な話を集めた本の元祖。この本に収録された話をもとにして「子ほめ」「牛ほめ」「唐茄子屋政談(とうなすやせいだん)」など、今でも語り継がれている噺が生まれています。

──つづく──

photos:Shimpei SUZUKI
text:Sanae KAMEYAMA

五明樓 玉の輔(ごめいろう たまのすけ)
1985年4月、春風亭小朝に入門。同年9月、前座となる。前座名は「あさ市」。1989年5月、あさ市のまま二ツ目に昇進。1998年9月、真打昇進。五明樓玉の輔となる。2010年、落語協会理事に就任。サッカー好きで、サッカーイベントや番組司会等でジーコに浴衣をプレゼントしたこともあるが、現在入れ込んでいるのはゴルフ。シミュレーションゴルフには三日にあげず通い、日々スコアアップをしているとかいないとか。業界でも有名な手ぬぐいマニアで、デザインも多数手がけている。1966年横浜市生まれ。五明樓玉の輔の『噺家の手ぬぐいhttps://tamanosuke.net/

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