シガーを楽しみ、かつ政治にも利用する、チャーチルらしい芸当!
"世界には想像の遥か上を行く、お洒落な偉人たちがいた"。彼らのスタイルや生き方を学ぶことこそ、スマフォー(スマートな40代)への近道と考えた編集部員たちは『MEN'S CLUB』『Gentry』『DORSO』など、数々のファッション誌の編集長を歴任した大先輩である服飾評論家 林 信朗氏を訪ね、教えを乞うことに。新連載三回目は、尊敬するリーダーの首位に選ばれ、戦火においてもお洒落、贅沢を欠かさなかったチャーチルについてたずねます。
ヤナカ:はい、先輩、今日からはチャーチル講座ということで、イギリス人の友達からすすめられたこの紅茶を持って参りました。
林:PG Tipsだね。これは、どうだろう、英国でも1、2を争うベストセーリングブランドだね。そうそう、三角形のティーバッグはここが開発したんだよ。四角のものとくらべ、バッグ内にスペースがあるから茶葉がよく動くところがいいそうだね。よしよし、濃い目に入れてミルクティー、そしてこれも定番、マクビティーのダイジェスティブビスケットと参りましょう。英国でもっともポピュラーな「お茶の時間」の組み合わせだね。これをイヤだっていう英国人はいないよ。
ヤナカ:ありがとうございます。喜んでいただけてよかった! ところで先輩、チャーチルも英国人ですから、やっぱりお茶好きだったんでしょう?
林:いや、それがね、そういう記録や証言をぼくは当たったことがないんだな。まあ、「あたり前のように飲んでいた」ということじゃないの? アフタヌーンティーで寛ぐチャーチルなんて画像はひとつもない。時間の無駄だと思ってたんじゃないかしら(笑)。
ヤナカ:そうか。やっぱりチャーチルといえば、お酒、そしてシガーですね。
林:そうだね。死んでから50年以上経つが、チャーチルのおかげで今だに得をしているお酒やシガーのブランドは多いね(笑)。
ヤナカ:では今日は、シガーで攻めますか?
林:はいはい、了解。ところで、ヤナカ君はシガーはやられるの?
ヤナカ:はい、まあ、口にしたことがあるって程度ですがね。
林:チャーチルは、シガーに生きた男だな。どんな写真やニュース映像をみてもシガーを咥えていないことはないからね。
ヤナカ:たしかに。そんな政治家、ほかには見当たらないですよ。まさにチャーチルのトレードマークですね。
ヤナカ:若いころからやってたんでしょうか?
林:うん。いまのように、喫煙や飲酒の年齢など決まっていない19世紀に生まれた貴族だからね(笑)。タバコなど、少年の頃から吸っていたとしても、なんのフシギもない。むしろ、大人の貴族の嗜みとして奨励されていたかもしれない。お父さんのランドルフも大のスモーカーだったらしいしね。ただ、キューバンシガーとなると話は別だ。
ヤナカ:と言うと?
林:これはね、キューバで覚えたんだ。
ヤナカ:前回のウインザー公のような公式訪問とかで?
林:いやいや戦争だよ。スペイン領キューバに独立戦争の取材のため、新聞の特派記者として訪れたときに、現地でホンモノのキューバ産シガーを堪能したらしい。あと、コーヒーとグアヴァのジャム。これを英国に持ち帰るのが楽しみだと母親に手紙を書いてるんだ。21、2のときじゃないかな。この取材旅行で「葉巻はキューバ産」という生涯の嗜好が決定したんだよ。
ヤナカ:どこのメーカーのものを好んだんですか?
林:はっきりわかっているのは、キューバのロメオ・イ・フリエタ(ROMEO Y JULIETA)、それからカマーチョ(Camacho)かな。長さは7インチ(178ミリ)で、リングゴージ(太さ)は47(18.65ミリ)。そうとうな喫いでがあるよこれは。まあ、普通に喫って1時間。シガーには大小さまざまなサイズがあって、それぞれに名前がついているんだが、これはチャーチルが好んだから「チャーチル」という名前で親しまれるようになったんだ。おもしろいだろ?
ヤナカ:へ~、相思相愛の証拠ですね。
林:うん、これをね、おもにセントジェームズ街の老舗ロバート・ルイス(Robert Lewis)あたりで「つけ」で仕入れるんだ。
林:どれだけチャーチルがシガー好きかというと、ともかく1日中火をつけては消し、またつけるというルーティーンの繰り返しでしょ、だから、灰が落ちてスーツにも穴が開く、部屋は汚れる。首相のときなんか、あちこち飛行機で飛びまわるだろ? 機内でも楽しめるように、酸素マスクも兼用するチャーチル専用シガーマスクを開発させたというんだから。わがままにもホドがある。いまの政治家の比ではない(笑)。
ヤナカ:でもそれだけ好きだと、ヒトラーなんかチャーチルをシガーを使って毒殺しようなんてしなかったのかしら?
林:おお、その推理はお見事! たしかに! 狙われたという記録はないのだが、MI5はチーチャル宛てのシガーギフトの「毒見」をしてるんだよね。だが、当時の科学ではすべての毒の検査はできないということで、チャーチルは平気でプカプカ。いまから思えば、かなりアブナイ(笑)。
ヤナカ:でも、贅沢ですよね。いまも当時も高級シガーは高いんですから。
林:まあ、今の物価でいうと1本3,000円から5,000円かな。チャーチルは1日6本から8本を煙にしていたというから、最低でも1日1万8,000円はかかる。ストックのために買う分もあわせれば、年間1,000万円ぐらいをシガーに費やしていた、という感覚だろう。
ヤナカ:とんでもない浪費家ですね(笑)。
林:いやいや、さすがのチャーチルも、金に困った時期が何度もあって、そういうときは、なんとズルをしてアメリカ製の安いシガーも仕入れていたらしい。外から見ればわからないものね(笑)。
林:しかしね、チャーチルは、太く長い高級シガーという小道具の政治的効果を知り尽くしていたと思うよ。ときに勢いよく吐き出して不満の顔をしたり、ゆっくり吹かし熟考しているように見せたり、また、「間」をつくるのにも恰好の道具だもの。
ヤナカ:そうか、落語家の扇子のようなものですね。
林:そう! 楽しみながら、かつ、それを仕事にも利用する。いかにもチャーチルらしいし、またチャーチルでなければできない芸当でもあるわけだね。
Text:Shinro Hayashi
Portrait:Kazuyuki Sugiyama
Photo:©Gettyimages
Edit:Ryutaro Yanaka
服飾評論家
『MEN'S CLUB』『Gentry』『DORSO』など、数々のファッション誌の編集長を歴任した後、フリーの服飾評論家に。メンズファッションへの造詣の深さはファッション業界随一。ダンディを地で行く大先輩。