DVから逃れてきた迷える美女
当時はちょうどビデオデッキ戦争が熾烈を極め、ソニー率いるベータ(β)陣営が、松下率いるVHS陣営に崖っぷちまで追い詰められていた頃だった。最後まで徹底抗戦するかと思われたベータ陣営だったが、懐柔戦略といわれる松下のお家芸により、虫の息となった会社が、やがて一社二社とVHS陣営に取り込まれる形で戦争は終結していった。
ぼくが府中に住んでいたのはちょうどそんな頃である。
アパートの近くには、夜の12時を過ぎると「タダ」になる銭湯があり、その隣にはコインランドリーがあった。銭湯の利用者は、風呂に入る前に洗濯物を仕掛け、出たら取り込むという使い方をしていた。
ある日のことだった。
風呂を出た後、洗濯物を乾燥機に入れ、雑誌を読んでいると、見知らぬ女がコインランドリーに倒れ込んできた。
髪は乱れ、顔からは血が流れている。明らかに普通ではない。女が顔をこすると血が広がり、まさに血まみれとなった。抱き起こすと、ぼくのTシャツにも血がべっとりとついた。
頭の中で、テレビドラマ「Gメン‘75」の音楽が流れ、事情も知らないくせに、ぼくの正義感に火が付いた。すでに「ぼくはサングラスをして働いていた」でも書いたが、ぼくは小学生の頃からGメンのファンで、いつかあんな真似をしてみたいと思っていたが、今がその時かと思った。
ぼくは女の顔を見た。
殺されたOLや人妻は、どんなブスでも週刊誌では美人と書くそうだが、この女は本当に美人に見えた。
女が、か細い声で言った。
「助けてください」
「何があったんですか?」
「助けてください。彼が追いかけてきます」
それを聞き、コインランドリーにいたもう一人の客が逃げていった。
警察を呼びたかったが、交番は遠いし、公衆電話もない。
もたもたしていると、
「早くしないと彼に見つかってしまいます」
このままではどうなるかわからない。ぼくだって巻き添えは嫌だが、こんな美人を放っておくわけにもいかない。一刻も早くどこかにかくまってやらないといけないとぼくは思った。