ギャンブルは理屈なんかより勘
年が明けると、ぼくらは競馬に行った。そこでぼくは驚かされた。彼女がよく当てていたからだ。
ぼくはいい所を見せようとそれなりに研究していたが、本命は直線半ばで息切れするし、予想外の穴馬は突っ込んで来るし、カスリもしない。
「全然ダメだよ。あんなに研究したのになぁ」
「研究のし過ぎじゃないの?」
「なつめちゃんだって研究してきたんでしょ?」
「してないよ」
「でも、こんなに当たるじゃん」
「競馬はね、理屈なんかより勘だと思うよ。理屈っぽい人ほど当たらないって、窓口のおばさんも言ってたよ」
そこで彼女と同じ馬を買ってみることにした。自分ならとても買わないような馬だったが、その通りにしてみたところ、何と的中!
「ほら~。来たでしょ」
ぼくは完全に白旗だった。
「私、あげまんだと思うんだ」
ぼくらは居酒屋で祝杯をあげた。
勝ったお金で飲む酒はうまかった。
彼女もよく飲み、すっかり盛り上がっていた。しかし明日は会社である。
「時間は大丈夫?」
「まだ平気」
彼女は時計も見ないでそう答え、
「ねえ、カラオケしない?」
悪くないと思った。
店を出て、カラオケ屋に行ったが、混んでいて入れない。
どうしようかと思っていると、彼女が言った。
「ホテルの中にもカラオケあるけど……」
これはもう、成り行きに任せるしかないと思った。
入って、たしかにカラオケをしたのは事実である。その合間に彼女は言った。
「私、あげまんだと思うんだ」
「きっとそうだね」
「だって私と付き合った人、みんな出世してるもん。脱税で捕まった人もいるけどさ……」
「誰?」
「言えるわけないじゃん」
「だから、もし松井君が出世できなかったら、よっぽど怠けてたってことになるよ」
「プレッシャーだな」
「ねえ」
「何?」
「男の人って、終わった後、煙草吸うよね?」
「吸わない人だっているよ」
「でも、男の人って、終わると眠たくなるんでしょ?」
「そうじゃない人だっているさ」
「でもさぁ、男の人って、終わってうとうとしていると、お金貸してくれって言うじゃない」
「なつめちゃん、これまで一体、どんな男と付き合ってきたんだよ……」
元窓口嬢が明かす、次も勝つコツとは
この日は楽しい競馬だった。
「また行こう!」
「うん」
なつめちゃんは頷き、
「そうだ。明日、会社でみんなにお昼おごったほうがいいよ」
「どうして?」
「勝っても、自分だけで独り占めすると、次に当たらなくなるんだって。窓口のおばさんが言ってた」
「わかった。そうする」
約束通り、ぼくは翌日のお昼を部署の人たちにおごった。いつもは社食だが、その日はぼくがおごるからといって、近くの食堂に連れていった。
何でいきなりおごってくれるのかと聞かれたが、理由を言うと何だか運が逃げていきそうな気がしたので、
「臨時収入があった」
とだけ言っておいた。
その後だが、なつめちゃんが言ったことは本当だった。勝った際、できるだけおごるよう心がけてから、実際に競馬運が良くなったのだ。データ的には来ないような馬でも、ふと気になって買うと、不思議に当たったりするようになったのだ。自分だけ得すればいいと思っていた頃には、なかったことだった。
Photo:Getty Images
Text:Masanari Matsui
松井政就(マツイ マサナリ)
作家。1966年、長野県に生まれる。中央大学法学部卒業後ソニーに入社。90年代前半から海外各地のカジノを巡る。2002年ソニー退社後、ビジネスアドバイザーなど務めながら、取材・執筆活動を行う。主な著書に「本物のカジノへ行こう!」(文藝春秋)「賭けに勝つ人嵌る人」(集英社)「ギャンブルにはビジネスの知恵が詰まっている」(講談社)。「カジノジャパン」にドキュメンタリー「神と呼ばれた男たち」を連載。「夕刊フジ」にコラム「競馬と国家と恋と嘘」「カジノ式競馬術」「カジノ情報局」を連載のほか、「オールアバウト」にて社会ニュース解説コラムを連載中