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BUSINESS SONY元社員の艶笑ノート

「私、あげまんだと思うんだ」

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役員から馬券購入を頼まれる

ぼくはサラリーマン時代、課の異動も含めたら10回以上職場が変わった。面白い職場もあればつまらない職場もあったし、気の合う人もいれば合わない人もいた。それは人間である以上、仕方のないことだ。しかし、競馬が好きな人とは、年齢や上下関係にかかわらず、たいてい仲良くなれたのはありがたかった。

有馬記念を直前に控えた金曜日のことだった。ぼくは某役員に呼び出された。

「松井さん、何かやったの?」

それを見ていた隣の女性社員が心配そうに聞いてきた。

「全く心当たりがないよ」

なぜ呼び出されたのか見当もつかず、恐る恐る役員室に行くと、

「キミの本、読んだぞ。面白いじゃないか」

「ご存じでしたか! ありがとうございます!」

ぼくは丁重にお礼を言った。社員と二足のわらじで競馬の本を出版していることを知っていたのだ。

「それでだ」

役員は切り出した。

「明後日の有馬記念を買ってきてくれないか」

ぼくは本来、他人から馬券を引き受けない。勝負の場では自分のことだけで手一杯だからだ。しかし今回、相手は役員である。

「わかりました。それで、何を買えばいいでしょうか?」

「それはキミに任せるよ」

「いえ、ご自身で決めていただかないと……」

「堅いこと言うな。外したって構わんから、キミが思うものを買ってくれればいい」

本まで買ってくれ、ぼくを信用して馬券まで頼むという。しかも外しても構わないとまで言われたら、引き受けないわけにはいかなかった。

重たい荷物を背負ったような気分で、ぼくは有馬記念に出掛けた。前にも後にも、あんなに緊張した競馬は初めてだった。

むかし、株で損をさせたお得意客に、証券会社が補填していた事件が発覚したが、もし外したら馬券代を補填しなくちゃいけないのかと思うと、重苦しい気持ちになった。
いよいよ有馬記念が始まった。レースは人気馬が消える波乱となった。ところが、ぼくはその馬券を買っていた。「外してもいい」という役員が言うので、怪しい本命を外し、自分の思う馬券を買っていたのだ。

預かったお金がちょっと増え、何とか責任を果たしたと思いながら、月曜日に役員のところに行くと、

「大したもんだ! 俺もテレビで見ていたが、さすがにあれは当たらんと思ったよ。それを当てたんだから自慢していいぞ!」

「有馬記念、私も当てたよ」

真に受けたぼくは、昼に社員食堂で自慢していた。すると、そばで聞いていた女性が話しかけてきた。

「有馬記念、当てたんですか?」

「まぐれだけどね」

「すごーい。実は、私も当てたの」

聞けば、彼女はぼくより多く賭けていた。

「あなたのほうがすごいじゃん」

「まあね」

話してみると、かなりの競馬好きで、しかも馬券売場でアルバイトをしたこともあるという。

「ちょっとお茶しない?」

ぼくらはカフェに移動した。
彼女は中途採用で、雑務もこなしながら、上長のスケジュール管理をする仕事だった。要するに「秘書業務」というわけだ。

秘書とくれば美人と相場は決まっているが、彼女の場合は、美人というより、小動物的なかわいさがあった。今で言えば、ちょうど、タレントの三戸なつめさんのような顔をしていたので、ここでは「なつめちゃん」と呼ぶことにしよう。

なつめちゃんは、ここに入るまでに色んな仕事を経験してきたようで、定職が決まるまでは本当に何でもやったそうだ。
でも、いちばん聞きたいのは馬券売場の話だ。

「窓口って面白いのよ。色んな人がやって来るから」

「どんな人?」

「やっぱり、大金を賭ける人かなぁ。100万とか200万とか、平気で賭けちゃう人がいるのよ」

「へえ~」

「でも、そういう人に限って当たらないの」

「どうしてだろ?」

「きっと、お金に目が眩んでいるからじゃないかな。お金持ちって、意外に目が節穴なのよね」

彼女から馬券を買った金持ちも、まさかそんな目で見られていたとは思わなかっただろう。
ぼくはもっと話を聞きたいと思った。

「ねえ、今度一緒に競馬行かない?」

「いいね。行こう、行こう!」

「いつがいい?」

「今年はもう終わっちゃったから、年明けにしよう」

NEXT>>>祝杯後、誘惑に負けたサラブレッドが暴れだす



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