“桃は咲いたか、桜はまだかいな”
冬の寒さに「ちぢまっていた虫」たちが穴から這い出してくるころ、新暦3月、旧暦2月の「雨水」からさらに春に近く「啓蟄(けいちつ)」。ご存知の桃の節句を「桃 始めて笑う」と言い、実際は桃の花を街角で見るには少し早い時。
蟄虫 戸を啓く(すごもりのむし とをひらく) 初候
桃 始めて咲く 次候
菜虫 蝶となる(なむし ちょうとなる) 末候
「石走る垂水(たるみ)の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも」
万葉集 巻8・1418 志貴皇子(しきのみこ)
訳:雪解けの水が岩からほとばしる滝のほとりにわらびの芽を出す春が来たんだよ
日本人としての特権を楽しもう
着ること、食べること――この連載「服飾歳時記・二十四節気(着)」は、デリケートな日本人だからこそ受け止めることができる“日々のちょっとした変化”を、男の着こなしに変換させて、一年二十四節気に分けてご紹介していきます。赤峰さんは、「季節感を自分の中に取り込めるのは、日本人の特権のようなもの。服や食に転換していけるのが、日本人の持つべきワザだと思います」と語ります。
シャリッとした素材感が楽しい“スプリング・コードレーン”
啓蟄のころは、厚手のコートをいつクリーニングに出すか悩ましい季節。急に寒さに逆戻ったり、三寒四温を繰り返しながら春分に向かっていくので、衣替えには少し気の早い時期でもあります。
この時期の私は、スーツでは“間服=季節と季節の間服”、厚すぎず薄すぎずの生地をクローゼットから選びます。「伊達の薄着」は禁物、急な冷え込みで背中から風が侵入してきます。
3月の着こなしと選んだのは、「AKAMINE Royal Line(アカミネロイヤルライン)」のスーツと、イタリア語で“チェレスト”という薄い空の色のシャツ、ネクタイは「Drake's(ドレイクス)」で、旬の花や野菜の色を上手く拾って春風を感じます。
このスーツの素材は“春のコードレーン”で、色はトップグレー。ヘアラインよりちょっと太い畝織地が特徴で、シャリッとしている凹凸感のある表面感ながら、しっかりした素材で、春3月から夏前まで着られます。
10年着られる洋服で、着こなしのコントラストを楽しもう
「桜が咲くころまで何を着たらいいか迷う」というビジネスマンの声もよく聞きますが、特に春先は、風の強さや雨などによって急に寒くなるもの。ポイントは“着こなしのコントラスト”です。
真冬の厚手のコート+ウールのスーツ・ジャケットから、コートだけを春物にしたり、コートは冬物だがスーツの素材をコットンなど軽くするなど、天気予報に合わせて、足し引き=コントラストを付けていくと、今の季節のおしゃれも楽しくなる。
コートやアウターに付いているライナーを着脱する人も多いと思いますが、自分はあまり好きではない。中間アイテムとして人気のダウンなども嫌いです。着ない理由は「10年着られないから」。
“間服=季節と季節の間服”にスプリングコートや厚手のマフラーから薄手に変えていって、啓蟄のころを楽しんでください。
啓蟄のころには、トレンチが活躍します
わらび、ぜんまい、鰆(さわら)、菫(すみれ)、桃、新たまねぎが旬の時、春日大社(奈良)の春日祭や、お水取り(奈良・東大寺二月堂)で、お松月の火の粉を浴びて厄除けが終わると春になるという言い伝え。
そんな春の芽生えの時期にお薦めしたいのが、春トレンチです。「OLD ENGLAND(オールド イングランド)」が何年かのみ展開していたメンズブランドのトレンチの中は、「LIVERANO(リベラーノ)」のシングルピークドラペルのジャケットに、「アカミネロイヤルライン」のシャツ、そしてネクタイは「CHARVET(シャルベ)」。残念ながらこういう色柄のネクタイを買い付けできる日本人バイヤーはいないんですよ。もっと勉強してほしい。
グレーのトラウザーズも「リベラーノ」で、靴は「JOHN LOBB(ジョンロブ)」です。この着こなしで感じてほしいのは、カラーコーディネート。「ちぢまっていた虫」たちが穴から這い出してきて見上げる青空のようなブルーを基調に着こなしてください。
Photo:Shimpei Suzuki
Writer:Makoto Kajii