二人でニンニクたっぷりラーメンを食べる
ある日のこと。
店長がお休みしたので、まかないは抜き、さっさと帰ろうということになった。
戸締まりは先輩がやるので、ぼくは先に帰ろうとすると、美保ちゃんが
「松井君、ラーメン食べに行かない? おいしい店知ってるから」
ラーメン屋は歌舞伎町の奥まった場所にあった。1杯1,000円以上もしたが、エビが丸ごと1尾入っていて、とてもうまい。
「これ入れるとおいしいわよ」
美保ちゃんはニンニクをどっさり入れた。
「松井君もどう?」
「明日も学校だから」
「男なのに、そんなこと気にするの? やあねえ~」
「美保ちゃんこそ大丈夫?」
「私、気にしないもん」
そういうと、彼女はぼくにもニンニクをどっさり入れた。
「あーあ。学校で臭いって言われるじゃないか」
「これで二人とも一緒ね」
美保ちゃんは思わせぶりな目をした。
美保ちゃんの部屋でジャズを楽しんでいると……
ラーメン屋を出ると、
「私んち、近いの。すぐそこだから寄っていかない?」
彼女はぼくの手を引いてホテル街に入っていく。
(まさかホテルで美保ちゃんと……!?)
心臓をバクバクさせながら付いていくと、彼女はスタスタと歩き、ホテル街を通り抜け、職安通りに出た。そこに彼女のアパートがあった。
「上がって」
彼女の部屋にはレコードがたくさんあった。ジャズが多く、ぼくの知らないようなものばかりだった。その中の一枚をかけてくれた。知らない曲なのに、とてもいい曲だと思った。ぼくは田舎者だから、こんないい曲を知らずに育ったんだなと思うと、彼女がうらやましく思えた。
彼女がコーヒーを出してくれた。今夜はどうなるんだろうと思った。自分から部屋に入れたのだから、彼女にもそういう気持ちもあるはずだ。
壁にもたれてしゃがんでいると、彼女が隣に座った。
「こうして、一晩中、ジャズ聞いていようか」
「聞いてるだけ?」
「嫌なの?」
「嫌じゃないけど……」
彼女はぼくの肩に頭を乗せた。
「私の頭、焼肉の匂いがするでしょ」
「うん。臭い」
「何よ、もう~」
彼女はコーヒーをすすり、
「はぁ~、おいしい」
ぼくの心臓がドクッ、ドクッと激しい音を立てていた。
咄嗟に抱きしめようとしたが、
「ちょっと待って! コーヒーこぼす!」
と言われて、何て冷静なんだろうと思った。
カップを置いたのを見て、倒れ込んだ。
電気消してといわれても、スイッチがわからず、モタモタしたが、何とか消したその時だった。
玄関のブザーが鳴った。
動きを止め、耳を澄ますと、もう一度、ブザーが鳴り、部屋の外から声がした。
「俺だ」
何と、店長の声だった。
「美保ちゃーん、俺だよ」
ぼくらは顔を見合わせた。
(どうしよう)
ぼくがかすかな声で言うと、彼女は
(ここに入ってて)
と、押し入れを指さした。
「美保ちゃーん、開けて」
「ちょっと待って! 今行くから」
前にも何度か、他の女性と似たようなシチュエーションがあった。部屋に来た時に限って、他の男から電話が来たり、こんなふうに訪ねて来たりと、なぜかタイミングが重なったのだ。
彼女はシーツを急いで直し、その隙にぼくは押し入れに潜ったが、玄関にぼくの靴が脱ぎっぱなしになっていることを思い出した。見つかれば終わりだ。隠さなきゃまずいと思った矢先、ドアが開く音がした。
「急に来ないでよ」
「誰か来てるの?」
「ううん」
「じゃあ、泊まっていい?」
「今日はダメ」
「どうして」
「体調悪いの」
「どこが悪いの?」
「いいから今日は帰って」
「じゃあ、何もしないから」
「お願い」
「本当に何もしないから」
「お願い! 私のこと好きなら、今日は帰って!」
店長は帰っていった。
間もなく彼女の声がした。
「出てきていいよ」
押し入れから出ると、玄関から見えない位置にぼくの靴が隠してあった。
毎度のことながら、言い訳のうまさといい、靴のごまかし方といい、女性の咄嗟の機転には感心させられる。
Photo:Getty Images
Text:Masanari Matsui
松井政就(マツイ マサナリ)
作家。1966年、長野県に生まれる。中央大学法学部卒業後ソニーに入社。90年代前半から海外各地のカジノを巡る。2002年ソニー退社後、ビジネスアドバイザーなど務めながら、取材・執筆活動を行う。主な著書に「本物のカジノへ行こう!」(文藝春秋)「賭けに勝つ人嵌る人」(集英社)「ギャンブルにはビジネスの知恵が詰まっている」(講談社)。「カジノジャパン」にドキュメンタリー「神と呼ばれた男たち」を連載。「夕刊フジ」にコラム「競馬と国家と恋と嘘」「カジノ式競馬術」「カジノ情報局」を連載のほか、「オールアバウト」にて社会ニュース解説コラムを連載中