親のお金や生活保護をあてにして何か悪いんでしょうか
日本の哲学者小川先生だからこそできる、哲学的・お悩み相談室!
今回はなんと、「働いたら負けと思っている」引きこもりニートの男性からの難問です。
引きこもりです。ネット上に友達はいるのですが...。
こんにちは。28歳、ニートです。男です。正直、 働いたら負けだと思っています。だって、うちの親は金持ちだし……。
ネットで生活保護を受けている人の体験記を見ると、「生活保護サイコー!」とか書いてて、 ますます働く気になりません。親から「働かないと社会と繋がれない」とか言われても…。
そもそも社会とつながりたくもないですし、人とのつながりなんてネットで十分です。恋愛も、 二次元のアニメで十分です。でも、親があまりにも心配しているので、 それはちょっと申し訳ないような気もします。けど、このスタイル、つまり「ニート」が僕の生き方なんです。小川先生はどう思いますか?
それが自然なうちはいいんじゃない
ニートが僕の生き方なんです! ん~もうここまで堂々と言われると気持ちいいですね。働くのは負けという表現が面白いですが、要は働かなくても生きていけるのになぜ働くのかという問題提起ですね。いわば現代社会に対する究極のアンチテーゼといってもいいでしょう。

たしかに相談者さんは、今は親に頼って生きていくことができている。それに社会とリアルでつながっていなくてもなんの不便もない。それなら働く必要はないですね。そもそも働かなければならないのは、生きていくためと、自尊心のためです。
でも、その両方を満たしていれば、働く理由は見つかりません。共同体の成員として社会に貢献しなければならないという視点もありますが、それは親が肩代わりしてくれているのでしょう。
問題は、親に頼れなくなったら生活保護があると思っている点です。これは要件がありますから、働きたくないというだけでは対象になりません。でも、それもクリアーする理由があるのなら、堂々と頼ればいいわけです。そのための仕組みですから。この国は働けない人を働かせてまで税金をとるほどひどい国ではありません。少なくとも今のところは。
世の中にはいろいろな人がいます。人前に出て派手に活躍したい人もいれば、人知れず静かに人生を過ごしたい人もいるのです。後者は引きこもりの人にも多いですが、これはストア派の哲学からすると一つの幸福の形でもあります。
ストア派とは、古代ギリシアの共同体が崩壊した後、新たな価値観を築くべく創設されたヘレニズム期の思想グループのことです。ゼノンによって創設され、ローマ時代のマルクス・アウレリウスに至るまで長く存続しました。
彼らの思想の特徴は、世間的な価値を蔑視し、自然にしたがって生きることを勧める点にあります。心静かに生きるということです。ストア派にとっての究極の価値は大宇宙の自然に従って生きることだと言います。ところが、人間は自然にさからおうとするから、不幸になるのです。

逆に言うと、今が幸せだということは、それが自然なのでしょう。自分や周囲の人にとって自然と思われる流れに身をゆだねているのです。だからもし不幸に思えてきたとしたら、きっともうその状態は自然ではないのです。
相談者さんは親に申し訳ないと思われているようですが、その気持ちがもっと大きくなってしまったり、親がもっと怒り出すと、今の生活は自然ではなくなるのだと思います。
28歳はまだいいかもしれませんが、30歳を過ぎたらどうなるでしょうか。私の場合がまさにそうでした。何を隠そう私も20代後半はニートとして過ごしたようなものです。通勤時間に寝ていられる自分が幸せだと思ったことすらあります。
でも、30歳で転機が訪れました。朝寝ている自分が、嫌で嫌で仕方なくなったのです。そして起き上がりました。私が今偉そうに哲学者などと名乗って、本を書いたり大学で教えたりできているのはなぜか? それはニートである幸せと苦しみをよく知っているからです。相談者さんが30歳を過ぎたころ、また話を聞かせてもらいたいですね。哲学者になってたりして...。
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Text:Hitoshi Ogawa
Photo:雪ボタン、Getty images
1970年京都市出身、京都大学法学部卒。伊藤忠商事に入社するも退職し、4年間のフリーター生活を経て名古屋市役所に入庁。その後名古屋市立大学大学院博士後期課程を修了し、博士号取得。2015年には山口大学国際総合科学部准教授となる。専門は公共哲学、および政治哲学。商店街で哲学カフェを主宰するなど、市民のための哲学を実践している。哲学に関する著書多数。