頭を使わないルーティン!? 思考する時間が増えて、人生ラッキー!
日本の哲学者小川先生だからこそできる、哲学的・お悩み相談室! さて、今回の相談者のお悩みを紹介しましょう。
今回は、「仕事のルーティーン・ワークに飽きてしまう」という女性からの難問です。
Q.仕事がルーティン・ワークで飽き飽きしています...。
毎日やる気が出ません。
こんにちは。入社5年目のOLです。私の仕事は9時から5時の事務職で、毎日先輩たちの会議用の資料づくりや書類管理など、特に頭をつかわないルーティン作業ばかりです。最初はその作業をすることに喜びを感じられたのですが、最近ではあまりにも単純な作業に嫌気がさしています。
時間がたつのもとても遅く、どうすればいいかと悩んでいます。こんな仕事をしながら毎日を楽しむ方法がありますか?

今回は、ルーティン・ワークばかりで嫌になるという悩み相談ですね。ルーティンとは、「いつもの」「日常の」あるいは「退屈な」という意味の英語です。相談者さんもいつも同じ仕事の繰り返しで、退屈になっているのでしょう。
A.ルーティンで精神的な勝利を勝ち取れ!
たしかに同じことの繰り返しだと、誰だって退屈になってきます。人間は機械とは違いますから、何か新しいことがやりたくなるようにできているのです。だからルーティンという言葉も、どうしてもネガティブなニュアンスになってしまいます。ところが、あのラグビーの五郎丸選手のおかげで、ルーティンはいまやポジティブな言葉に大変身してしまいました。

かの有名な五郎丸ポーズを再現してみました。
五郎丸選手はボールをキックする際、精神を集中させるため、いつも練習の時にやっているあの「五郎丸ポーズ」をルーティンとして繰り返すのです。そうして試合でも平常心でキックを決めることができているのです。つまり、ルーティンは同じことだからこそ、プラスに作用するというわけです。少し前向きに考えるだけで、同じことが正反対の意味を持つなんて、不思議ですね。
さて、そこで今回の相談もちょうどルーティンの話なので、ルーティンという言葉が意識の転換でプラスに変わった点を応用したいと思います。参考にするのは、マイナスをプラスに変えるヘーゲルの前向き哲学です。ヘーゲルは、近代ドイツの偉大な哲学者です。

そんなヘーゲルは、主著『精神現象学』で「不幸な意識」について論じています。彼のいう不幸な意識とは、ごく簡単にいうと心の中にジレンマがあることです。
あれがしたいけどできない、こうしたいけど問題がある、といった悩みのある状態です。ルーティン・ワークは嫌だけど、仕事をやめるわけにはいかないという悶々とした状態も当てはまるでしょう。

そんな不幸な意識から抜け出すために、ヘーゲルが持ち出すのは、プラスをマイナスに変える弁証法という方法です。物事に孕む問題を、切り捨てることなくうまく内に取り込んで、発展させるという論理です。だからマイナスをプラスに変える方法なのです。
それには意識を変えることだと思います。そもそもルーティン・ワークが嫌になる理由の一つは、それがあまり重要な仕事ではなく、自分が単なる上司の奴隷みたいに思えてしまうからです。でも、ヘーゲルが同じ本で説く「主人と奴隷の弁証法」によると、奴隷がいるから主人は生きていけるのであって、むしろ奴隷のほうが偉いということになります。このように、ルーティン・ワークをやっている自分のほうが偉いというプライドを持てば、少しは耐えられるのではないでしょうか?

とはいえ、やることが変わるわけではありません。そこで、気持ちの面だけでなく、実際に何かをプラスに変えるということも考えてみましょう。どんな物事にも、工夫する楽しさがあります。いかにすれば効率化できるか、いかにすれば副産物が生まれるか考えるのです。そうすると、ルーティンも楽しくなってくるはずです。
かつて私が区役所で働いていたとき、右から左に古紙を渡すだけの作業を繰り返すことがありました。あの時間は私にとってのルーティンで苦痛だったのですが、ある時、いかにすれば一番筋トレになるか考えだしたのです。そうすると、ルーティンが急にフィットネスクラブに変わって、得をした気になったのを覚えています。
以来私は、ルーティン・ワークに出会うたび、そこから何かを得る方法を考えるようにしています。考えてみれば、仕事に限らず、通勤やお風呂でさえもルーティンです。そういう避けられないルーティンな時間をいかに有意義に過ごすかで、人生のクオリティが変わってくるような気がします。

それでも何もできない場合には、究極の方法があります。実はヘーゲルの『精神現象学』は、普通の意識が「絶対知」というすごい知に発展していく様子を描いたものなのです。そこからヒントを得たのですが、意識だけなら何をしていても発展させることが可能です。ですから、ルーティン・ワークの退屈な時間を生かして、逆にその余裕を思考に回すのです。何かを考えながらルーティンをする。そうすれば、退屈であればあるほど有意義な時間にすることができるでしょう。
私は、通勤のように身動きさえとれない時間、内職のできないつまらない会議、その他あらゆるルーティンの時間を思考の時間に回しています。妻の愚痴を聞いている時間なんて、もう最高の思考タイムです。本人にはいいませんが……。
そうすることで、ヘーゲルのいう絶対知を得る、つまり賢くなれるならこんなにいいことはありません。忙しい日常で、じっくりと物事を考える時間はなかなかとれません。それが仕事中にできるのです。ルーティン・ワークに感謝ですよ。人生はよく考えた人ほどいい答えを出していますし、得をしているものです。ぜひルーティンで人生の勝利を勝ち取ってください。
最後に、今日ご紹介してきたヘーゲルの『精神現象学』の一番ラストに出てくるフレーズを相談者さんにお送りします。
この精神の王国の酒杯から
精神の無限の力が沸き立つのだ!
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Text:Hitoshi Ogawa
Photo:雪ボタン、Getty images

【小川仁志 プロフィール】
1970年京都市出身、京都大学法学部卒。伊藤忠商事に入社するも退職し、4年間のフリーター生活を経て名古屋市役所に入庁。その後名古屋市立大学大学院博士後期課程を修了し、博士号取得。2015年には山口大学国際総合科学部准教授となる。専門は公共哲学、および政治哲学。商店街で哲学カフェを主宰するなど、市民のための哲学を実践している。哲学に関する著書多数。