偽りの幼少期が
世界的なブランドを生んだ
ファッションとは非言語の記号である。あなたが身にまとう服装は、あなたが話すよりも多くのことを語ることがある。そんなファッションに関する本を紹介するFORZAのブックレビュー。第3回は、美しくも悲しい至高のノンフィクションだ。
「ココ・シャネルの秘密」(ハヤカワ文庫NF刊/マルセル・フリードリッヒ 田中啓子訳)アマゾンはこちら。
「ほうらね、有名になるとは、こんなものよ。孤独になることだわ」
世の中には、決して語られることのないまま消えゆく物語がある。人には、その人にしか分からないその人の人生がある。それは「ブランド」の代名詞として君臨するファッションブランド、「シャネル」の創業者であるココ・シャネルとて例外ではない。
本著は、存命時、すでに生ける伝説となっていたココ・シャネルの半生を、あるジャーナリストが解き明かそうとしたノンフィクションだ。
ココ・シャネルは、ポツポツと自身の辛い子供時代のことをジャーナリストに向けて語りはじめる。6歳のときに母親と死に別れたこと、父親は彼女を置き去りにして出て行ってしまったこと、その後は叔母にひきとられ愛されずに育ったこと…。
しかしある時ジャーナリストは気づくことになる。ココ・シャネルの話の中の小さな矛盾の数々に…。そう、ココ・シャネルが語った「叔母」は架空の人物だったのだ。実際にはココ・シャネルは母親と死に別れ、父親と生き別れた後に叔母に預けられたのではなく孤児院に入っていたのだ。そのことをひた隠しにするココ・シャネルは、誰もが羨む地位、名誉、成功を手に入れてもなお、幼少期のココ・シャネルの心を癒せないままだったのだ。もしココが、普通の少女のようなありふれた家庭に育っていたら? あの世界一有名なロゴは存在しなかったに違いない。
「わたしは自分が幸せだったかどうかさえ分からない」
晩年、ジャーナリストに語ったココ・シャネルのこの言葉は、本著の中で響き続けている。
もしあなたがシャネルの洋服を身にまとったことがあるなら、あるいはシャネルの洋服を身にまとった女性と出会ったことがあるなら、ぜひ一度本著に目を通してみてほしい。シャネルでしかありえない気品の源泉を、そのページのなかに見つけられるはずだ。
Text:Yuko Nishiuchi
1988年、兵庫県西宮市出身。同志社大学文学部哲学科卒。avexへの就職を期に上京し、3年半のOL経験を経てフリーライターとなる。在学時に自身のアメーバブログが大学生ランキング1位を獲得。会社員時代、dマガジン「Hot-Dog PRESS(講談社)」にて「おじさんハンター」として連載をしていた。