「袋はおつけしますか?」
「つ・け・て・く・だ・さ・い!って言ってるでしょ」
イライラの感情をなすりつけるようなおばさんの大声が店内に響き渡る。
思わずびっくりした周りのお客さんが一斉にレジを向く。
「お弁当は・・・あたためますか?」
「はぁ?家で食べるに決まってるでしょ?」
コミュニケーションが取れないとは、こういう状況を指すのだろう。感情がヒートアップするおばあさんに、コンビニ店員は顔をゆがませながら対応をする。
おばあさんは何やらその後もぶつぶつと文句を言いながら、乱暴に袋を取り店をあとにした。
この人はコンビニによく来るおばさんで、近所でも怒りっぽいことで有名な勝倉美千代さん(仮名)だ。
ささいな事でイライラしやすく、仕事以外のことで悪口を言われることもあるという。
対応した女子大生のアルバイトは、一瞬うつむいた顔をしながらも、また元気に次のお客さんの対応をしていた。
「顔は平気な顔をしているんですが、内心すごくメンタルやられてます。ひどい時はストレス性の咳が止まらなくなったこともありました。一週間くらい引きずって、レジに立つのが怖くなることもありました」
そう答えるのはこのコンビニで働き始めて1年が経つ野中沙知さん(21歳・仮名)だ。
コンビニ店員にとって一番大変な事は?と聞くと、イライラしたお客さんの相手をすることだと答える人も多い。彼らは何かしら気に入らないことがあると、声を荒らげ怒りをぶつけてくるので、精神的に消耗させられるそうだ。
「イライラしてるお客さんって、だいたい一目見ると分かるんですよね。みんなしかめっ面をして、曇った表情をしていいて。。あっ、この人絶対なんか言ってきそう・・・って感じるんです。あとは偏見かもしれないですが、タバコを吸ってる人にそう言う人が多いですね」
勝倉さんは1日に1度から2度はこのコンビニに来るらしい。
いつも何かにイライラしている事が多く、コンビニ店員にとっては悩みの種だという。
近所でも有名で、他の店でも怒鳴っているところをよく見かけるらしい。
特に女子大生などの、若い新人女性アルバイトにきつくあたることが多いそうだ。
「新人は作業がたどたどしい上に箸をつけ忘れたり、作業のミスも多いです。こちら側が悪いので、そこを突っ込まれるのは仕方ない事なのですが・・・」
コンビニで働く新人は、接客はもちろんアルバイト経験すら初めての人がほとんどだ。
特に新人の場合はこのようなことで、お客さんから突っ込まれることが多くなってくる。
・タバコの種類がわからない
・箸やおしぼりを付け忘れる
・おにぎりの温めを聞かない
・袋詰めの時にパンを下において潰してしまう
・電子レンジで温めたお弁当を渡し忘れる
「このあたりは新人がミスをしやすい所ですね。でも経験がついていけば、ミスを無くしてしっかり対応することができます。やっかいなのはお客さんによって存在する「マイルール」に対応することですね」
イライラしやすいお客さんに多いのが、自分の中に存在する「マイルール」だ。
一般には分かりにくいが、その人の中では当たり前のことで、それを破ると怒られてしまうらしい。
例えば勝倉美千代さんの場合は、お弁当は家で温めるので「温めますか?」を聞くと怒鳴られてしまう。
温めは聞かずに、袋だけつけるのが怒らせないポイントだそうだ。
「さらにタバコはウインストンのショート1ミリを毎回買っていかれます。でもいつも『ウインストンの1ミリ』としか言われないので、ロングかショートかわからない。どちらですか?と聞くと怒鳴られるので、ショートだと覚えておかないといけません」
こういったルールは初めて対応する人には分からないもの。
野中さんもたくさんのお客さんのマイルールを、怒られながら覚えていったそうだ。
危機管理コンサルタントの平塚俊樹氏が言う。
「民度の低下というと言葉がきついかもしれませんが、公衆の面前でも家の中のように振る舞う人が増えているのは、みなさんお感じなのではないでしょうか? 暴走する老人というテーマで語られることも多いのですが、傍若無人に振る舞う中高年が増えるのは、人口動態からいっても避けられることではありません」
また別のスタッフは、こんな経験もあったらしい。
「勝倉さんは時々生理用品を買っていかれるんです。生理用品は中身の見えない紙袋に入れるのが通常のルールなんですが・・・」
マイルールを押し付けるコンビニ客の横暴は、枚挙にいとまがなく、常識人の想像をはるかに超える。次回ではさらに驚く「マイルールな面々」の実態をお伝えする。
取材・文/鮫島祐樹