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FOOD 日本独自のカレーを探れ

そのカレー屋の店名は「小さかった女」。なぜこの名前? そして気になるお味とは?

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現地完全再現の本格インドカレーからご当地カレーまで、百花繚乱な日本のカレー事情。そんななかから、いまも進化を続ける日本独自のカレーを「カレーライス」と定義し、個性溢れる「今食べるべきひと皿」とその作り手を、気鋭のカレーライター 橋本修さんが追いかけていきます。

今回は西小山。頭の中になぜ?がいっぱいですが、芸術肌コンビが作り上げた“空想カレー”は絶品です!

現地完全再現の本格インドカレーからご当地カレーまで、百花繚乱な日本のカレー事情。そんななかから、いまも進化を続ける日本独自のカレーを「カレーライス」と定義し、個性溢れる「今食べるべきひと皿」とその作り手を、気鋭のカレーライター 橋本修さんが追いかけていきます。

今回橋本さんが訪れたのは、西小山の「小さかった女」。東急目黒線西小山駅から徒歩5分ほど、良い雰囲気の商店街から一本離れた住宅街の中に、このちょっと変わった名前のお店はあります。
元々建物のオーナーが喫茶店を営んでいたという、斜線を効果的に用いたファサードを一見して、よくある感じのおしゃれカフェかな…とナメてかかることなかれ。飲食店で同僚だった小助川さんと田尻さんが手がけるカレーは、好事家も太鼓判を押す逸品なのです。

しかもこの小さかった女、現在のカレーをメインに据えた業態に転換したのは、わずかここ1年ほどの話だというから驚き。カレー界に突如現れた新星は、いったいどのように生まれたのでしょうか。

なにはともあれ、まず気になるのは店名

小さかった女を切り盛りする小助川さん(写真左)と田尻さん(写真右)。

日々気になるカレーを求めて、SNSや個人ブログ、雑誌の特集やムック本、口コミにいたるまでさまざまなカレー情報を見てまわることがライフワークになっている筆者の昨今。そんな数えきれないほどの情報から、店主の出自や料理のビジュアルなどを判断基準に店へと足を運んでみるのですが、今回の「小さかった女」に関しては、なによりその店名が気になった、というのが正直なところ。もともと飲食店で同僚だったという小助川さん、田尻さんのおふたりに、その独特すぎる店名の由来から聞いてみました。

小助川(以下、小 敬称略)「わたしたちは同僚だったということ以外に、ふたりとも絵を勉強していたという共通点もあったんです。それで意気投合して一緒にお店をはじめることになったんですが、そのときにわたしが自分の油絵のタイトルストックを大量に持っていたんですね。そのなかから彼女が直感的に選んだのが“小さかった女”だったんです」

田尻(以下、田 敬称略)「いくつか候補はあったんですけど、最終的にこれになりました。形容詞が使われた文章のような感じで、不思議な組み合わせの名前がよかったんです」

「今でこそ、映画でも『君の名は。』や『君の膵臓をたべたい』とかありますけど、当時はあまりそういうものはなかったので。たまにお客さんから『むかしのフランス映画のタイトルみたいだよね』みたいに、いい感じに言っていただくこともありますけど、やっぱり『ヤバい店名だな』って思われていたりもしますね(笑)。看板の文字も、いまはローマ字表記に変えたんですけど、漢字で書いてあった頃はスナックと間違えられて(笑)。チーママとか言われてたよね?」

容姿や経た年月ではなく、純粋無垢な気持ちを表現した

住宅地にすんなり馴染む、白とブルーを基調とした爽やかな外観。「スパイスカリー」の文字が食欲を刺激します。

いまでこそお店の外には「スパイスカリー」や「CURRY CAFE」といった文字がならびますが、そこに店名の看板しかなかったとしたら、よほど好奇心旺盛な人でない限り、なかなか足を踏み入れるのには勇気がいることでしょう。そんな不思議なお店にはじめて訪れるお客さんからの反応は、実際どんなものだったのでしょうか。

「どっちもデカい!みたいな感じじゃないですかね」

「『そんなに小さくない』とか、よくTwitterに書かれてます。そんなの言わなくてもいいのに(笑)」

「“小さかった女”っていうのも、もともとは“ちいさかったひと”というタイトルだったし、その絵自体も、容姿や幼少時代のことではなくて、本当に純粋無垢な気持ちをもっていた時代の気持ちを絵に書きたくてそういうタイトルにしたものだったんですが、どうしても私たちの見た目がね(笑)」

「『小さかった女の店主はぽっちゃりだった』とか、この一言いるか?…って(笑)。そのあとに『カレーは美味しい』って書かれていて、いいんだけど…うれしいんだけど、もうちょっと素直に喜ばせて欲しい」

「見てますから!(笑)。エゴサーチしてますから!」

カフェとして開店してから2年ほど。迎えた“大転換期”

テーブルや棚にいたるまで、内装はすべて自分たちで仕上げたそう。店内には小助川さんが家から持ってきたという本がたくさん置かれ、もちろん読み放題。ちなみに田尻さんは活字が大の苦手とのこと(笑)。

スナックと間違えてフラッと入ってくる地元の人たちを迎え入れる、カフェのような、飲み屋のような存在だった小さかった女ですが、開店から2年ほどを経た昨年、カレーをメインに据えた現在の形に方向を大幅転換。なぜ、そして何をきっかけに、そのような作戦に打って出たのでしょうか?

「もともとスパイスを使った料理なんかを出していたんです。それもとくに理由はなくて。基本的にすごく流されやすいので、そのとき見たもの、フレンチの美味しそうなものをみたらフレンチっぽいものを作りたくなったりして。スパイス料理も『夏だから』みたいな気分で決めたんですね。そんなある日、どうも私たちには“売り”がない、みたいなことに気付くんです。それまでにもメニューのひとつとしてカレーを出していたことはあったんですが、それが割と評判が良かったということもあって、いっその事メニューを整理して、カレーだけにしてみよう、ってなったのがきっかけです」

「じゃあ、とりあえず一度イメージするカレーを作ってみよう、って作ったカレーがめちゃくちゃ美味しくて(笑)」

「そう。めちゃくちゃ美味しかった(笑)。なので、それをそのままレシピ化したんです。もともとどちらかが持っていたレシピというようなものではなく、頭のなかでイメージするカレーを具現化してみたら、ふたり揃って『うま~っ』ってなりました。味だけじゃなく、見た目もイメージに近づけました」

「それがいまお店で出しているカレーの原型ですね」

憧れや再現ではなく「空想」から生まれた唯一無二のカレー

小さかった女自慢のチキンカレー「KOYAMAチキン」は、日替わりのスープとキャベツのマリネが付いて950円。近所の焼肉店から分けてもらったというタン元を贅沢に使ったスープも絶品。

味やビジュアルのイメージというのは、原体験なども含め作り手のなかにそれぞれあるもので、それを再現して自身の店で提供するというのもよくある話。しかし、小さかった女で提供されるカレーは、これといってベースになるようなカレーやそれに通じる体験があるわけではなく、あくまでも自分たちの頭のなかだけで組み立てられた、空想上のカレー。にも関わらず、ふたりが納得する形でそれを具現化したというから驚きます。しかしその「空想」は、いったいどうやって生まれたのでしょうか?

「わたしたちはカレー屋さんで意識してカレーを食べたことがないんです」

田「インドに興味があったわけでも、どこかのお店で修行したわけでもない。なにかを見て勉強したとかもないんですよ」

「とにかくイメージありきだったんです。見た目のイメージ、味のイメージ、それに近づけるために料理をしたんですね。だから『カレーの基本はこうで…』みたいなものすら、なにもないんです。イメージしたカレーが世の中のどこかにあるのか、ないのかもわからない。コクがあって、でもスパイスはジャリジャリ効いていて…っていう、頭の中で組み立てたカレーが、そのまま皿に乗ってでてきた感覚でした。そんな自分のカレーがすごく好きなんです」

「そんなだから毎日食べています(笑)。もしどこかでカレーを食べても、うちのが一番美味しいだろうなっていう変な自信もあって」

「だって(自分たちが)好きで作ったんだもんね(笑)」

カレーを支える名脇役の誕生

ランチの食事メニューは基本カレーのみ。夜はクラフトビールと合わせて楽しみたい、おつまみメニューも充実しています。

このようにして、おおよそのカレー店とは大幅に異なる経緯を辿り、一般的なカフェから現在の業態へ変化を遂げた小さかった女ですが、カレーだけでなく、コーヒーとビールにも力を入れ、今ではそれらもお店の売りとなっています。

「最初は珈琲もビールもそこまでこだわっていなくて、なんなら焼酎のボトルキープとかもあったんです(笑)。カレーをメインにしてから、旗の台や九品仏にコンパスコーヒーというコーヒーの焙煎をしているお店があるんですけど、そこの方がカレーを気に入ってくれて、このカレーに合うように焙煎をしてくれたのがきっかけですね。そのコーヒーはすごく美味しかったんですけど、それ以上に『カレーがこんなにもコーヒーで変わるんだ』ということを知ったことが大きくて。それからはちゃんと料理に合うコーヒー、ということを考えるようになりました。
ビールは、夜に出している料理に合わせ、北海道のクラフトビールを用意しています。私が北海道出身だからなんですけど、料理にもなるべく北海道の食材を使うようにしているんです」

「カレーで使っているお米も北海道のものです。あとは、カレー、ビール、コーヒーをしっかり結びつけて、すべてが邪魔をせず、お互いに相乗効果のあるような構成を考えています」

「夜のメニューはこれまでも何回か変えていて、カレー以外はこれからも変わるかもしれないです。ひとつ主軸としてカレーがあることは大きいし、そのサイドメニューとして、とは思っているんですけど『カレー屋としてこれをやるべきなのか…?』みたいなことは毎回悩むんです。広い層に向けてアプローチするんじゃなくて、もっとキュッとまとめて、愛してくれる人にだけって向けた方がいいんじゃないかな、とか」

「そういう葛藤はいまでもあります。いろんな人に好かれようと、八方美人になってやしないか、って」

不安と自信を胸に進める一歩

店内で存在感を放つ電子ピアノ。お客さんからもらったものだそうですが、ふたりとも弾けないため、もっぱらスピーカーとして使われているそう。

カレーを主軸に据えてから1年と少し。独自の方法で試行錯誤を繰り返しながら進化を続けている小さかった女とそのカレーですが、それゆえ、いまだ払拭できない不安と、変わってきた客層やそのフィードバックから得た自信とが入り混じっている状態といいます。今後はどのような展開を思い描いているのでしょうか。

「自分で言うのもなんですけど、いい感じの無垢感というか。いい意味で、わたしたちって何も知らないんですよ。今ではそれがオリジナリティなのかなと思っていますけど、最初のころはとにかく自信がなかったんです。自分たちでは美味しいと思っているけど、果たして…っていう」

「なにかに特化した、とか、なにかのプロフェッショナル、っていうゴリゴリしたものがないことがオリジナリティというか。なので、どっぷり入り込まないようには意識的にしていて。いろんなお店のカレーを食べ歩くとかではなく、自分たちの基準で判断したものだけを出せればいいな、と思っています」

「本当に不安だったんですけど、地道にやっているうちにお客さんから『美味しい』って言ってもらえるようになって。今のカレーがメインの形に変えてから来てくださるお客さんの感じなんかも含めて、いろいろ変わりました。でも、メニューやカレーを増やすつもりはなくて、むしろもっと減らしていこうかなと思っています。それと(カレーの)冷凍販売をはじめたんです。最初はレトルト化を考えて、一回試作もしてみたんですけど、味がだいぶ変わってしまって。なので今は、奥沢にある知り合いのスペースを借りて、週末だけ冷凍カレーの販売をはじめています」

「今後は冷凍カレーの販売も自分たちの店舗に移して、付け合せとして出しているキャベツのマリネもセットにできたらと思っています」

「もっと量が見込めるようになれば、外部で製造することも考えようとは思っているんですが、当面はすべて自分たちで作るので、この店でやる場合、数量限定で予約を受けるとか、そういう形になると思います。オリンピックも近いんで、それを東京のカレーとして出せたらいいな、と。その先には2店舗目を出したいっていう目標があるんですが、それもお金を借りるのではなく、すべて自己資金でやりたい。でもそれには、ここの売上だけでは限界があるので、じゃあ、冷凍販売からはじめようか、っていう段階なんです」

開店当初はスナックと間違えられることが多かったということで、看板の店名はローマ字表記に。15時から17時は仕込みのため閉店となるのでご注意を。

“30歳までになにかしら自分の店を持つ”という、小助川さんの漠然とした目標からスタートした小さかった女。それが成功といえる時期に差し掛かってきた今、ビジョンはより具体的になり、ともにアートスクール出身という共通項を持つふたりは、次のステップへと着実に歩みを進めています。紆余曲折を経て誕生した新たなカレーの名店が、次の店舗にはいったいどんな名前をつけるのか。首を長くして待ちたいと思います。

Photo:Takuya Murata
Text:Osamu Hashimoto
Edit:Yugo Shiokawa

今回訪れた店

小さかった女
住所:東京都品川区小山5-25−14 カーサファイブ 1F
TEL:03-6887-2292
営業時間:
[火~木・日・祝] 11:30~15:00/17:00〜21:00
[金・土] 11:30~15:00/17:00〜23:00
定休日:月曜日

筆者プロフィール


橋本修(はしもと おさむ)
スパイスディーラーとしてストリートで名を馳せ、2017年からはカレーに特化した食ライターとしての活動を開始。先日、ライムスター宇多丸氏がパーソナリティを務めるTBSラジオの人気番組「アフター6ジャンクション」のカレー特集にも出演。電波の上でも日本のカレー事情をスムースにオペレートした。DJ、音楽ライターとしても活躍中。(イラスト:@animamundi_)


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