初めて自分のお金で買ったVANのアイテム。このジャケットは死ぬまで捨てられません。
人生には、どうしても手放せなかった服、そう「捨てなかった服」があります。そんな服にこそ、真の価値を見出せるものではないでしょうか。そこで、この連載では、ファッション業界の先人たちが、人生に於いて「捨てなかった服」を紹介。その人なりのこだわりや良いものを詳らかにし、スタイルのある人物のファッション観に迫ることにします。成毛賢次さんに続いて登場するのは、ビームスのクリエイティブディレクター、中村達也さん。
中村さんが膨大な数を所有してきた中でも捨てられなかった服をご紹介する企画の第1回目は、VANの上級ブランド的な位置付けであったKentのチェックジャケットです。
このマドラスチェックのジャケットは、高校一年生のときに買いました。まさにその頃、1978年にVANは倒産したので、いわゆる"最後のVAN世代"ってことになるんです。中学生の頃に本格的にファッションに目覚めるわけですが、既に70年代になってはいても、60年代のアイビーの流れはまだまだ続いていて、その頃の先輩方の格好はすべてアイビー。僕らの世代でも早熟な人たちはアイビーを必ず通っているという時代でした。
もちろんVANは一番の憧れブランドでしたが、新潟の田舎で育ったので取り扱っている店舗は1〜2店でしたし、東京みたいに他のアイビーのブランドも簡単には手に入りません。そんなときにVANの倒産セールというのが全国各地のデパートの催事場で開催されまして、というのも倒産当時VANはもの凄い量の在庫を抱えていたからなんですが、普段中学生や高校生成り立ての世代にはどう考えても高くて買えなかったアイテムがどれも破格で売られていました。
このジャケットも元値は4〜5万円でしたが、5000円の値札が付けられていたので、握りしめて行ったお金で買いました。それまでボタンダウンシャツは親に買って貰ったことはあったんですが、自分のお金で買った初めてのVANのアイテムになったので凄く思い入れがあって、これだけは捨てていない。僕がいまでも持っているVANはこれだけです。
高校3年間はまだアイビーの時代だったので、ボタンダウンのシャツに、親父のクローゼットにあったニットタイを締めて、スリムのベージュのパンツ穿いて、リーガルかハルタのローファーに合わせて着ていた気がしますが、大学生になって東京に出てくると色々な服に出会えるので全然着なくなって…。だいたいその時点で捨ててしまうものなんですが、なんだかこれだけは捨てられませんでした。上京して大学生のときに住んでいたアパートに持ってきて、その後一度も袖を通すことはなかったんですが、何度か引越しを繰り返しても絶対に手放さなかった唯一のモノなんです。
このマドラスチェックのアメリカン トラディショナルを感じさせるジャケットが捨てられなくて、ソールがボロボロになったブルックスのアメリカ製ジョギングシューズが実家の屋根裏で眠っているのを除いては、恐らく高校生時代から残っている服ってこれだけ。それくらい思い入れがある服なんです。
子どもの頃から服は好きでしたけど、その頃はジャンルなんか意識していなくて。初めてファッションに目覚めて、中学時代に『メンクラ(メンズクラブ)』を読むようになって、そういう時代にアイビーに出会い、初めて自分のお金で買った、自身のファッションのルーツともいうべきアイテム。まさに捨てなかった服です。
恐らくこのイメージが常に頭の隅にはあるから、ビームスに入ってからもこの雰囲気のジャケットを作ったりしてるのかなって。そのくらいベージュと赤と紺のマドラスチェックのジャケットが、自分の礎になっている気もします。そんな強い思い入れがあるジャケットなので、恐らく死ぬまで捨てることはないですね。
Photo:Naoto Otsubo
Edit:Ryutaro Yanaka
ビームスクリエイティブディレクター
大学在学中よりBEAMSでアルバイトをし、卒業後ショップ勤務、店長、バイヤーを経て現在はクリエイティブディレクターとしてドレス部門を統括。メンズのドレスクロージングに関するセレクトや論理的な解説が持ち味で、媒体での連載や自身のブログ”ELEMENTS of STYLE”は絶大な人気を博している。