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「売れてるビジネス書は読んではいけない?」ビールがうまい本屋さんの提言

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――でも、売れ筋の本を置かないと売り上げが伸び悩んでしまうのでは?

内沼:その代わり、うちでは複数の収入源を持つことにしています。本棚や机、椅子、照明もヴィンテージ家具で、使用しながら販売もしています。実際に本を入れているので、自宅に置いた時にイメージがしやすいでしょう。家具は月に1つは売れてくれますね。

内沼:収入源はさらにあって、毎日開催している有料のイベントが大きいです。テレビや雑誌の撮影地としても場所貸しをすることもあります。朝6時25分から10時まで2クラス、英会話教室もやっています。全10回の講座で3万円です。1回90分で、3000円ですからお得があると思う。

これは共同経営者の嶋浩一郎(博報堂ケトル代表取締役社長)が、『朝、使ってないから英語の個人レッスンに使いたい』と使用し始めて、それが雰囲気もよく英会話の先生が気に入ってくれたので、じゃあビジネスにできるじゃん、となったものなんです。

——本が売れないと言われて久しいですが、「本屋だから本を売ってお金を稼ぐ」という考えを華麗に捨て去ったのですね。

内沼:捨ててはいません(笑)。あくまで本を売りたい。こういう品揃えの本がゆったりと買える店を維持することが第一義で、それと相乗効果があるビジネスを並行することで支える、という考えです。昔から文具売り場を併設したり、レンタルビデオを併設しているお店がありましたが、あれは本の集客力を切り売りしているだけ。

僕たちにとっては「本屋B&B」という「本屋そのもの」が商品で、『こういう品ぞろえをしている本屋でビールを飲みたい』とか『ここでトークイベントがしたい』、『本に囲まれ英会話をしたら刺激になる』と思ってもらえるのが大事なことなんです。

——ブックコーディネーターという、耳慣れない肩書きについて教えてください。

内沼:この店を開くまでは、アパレルなど異業種のクライアントからの依頼を受けて、本の売り場やライブラリーを作る仕事をしていました。ただ、自分の書店を持っていなかったので、『本屋です』『フリーの書店員です』と名乗っても、相手からするとピンと来ない。『どこの本屋ですか?』とか聞かれたりして困っていたんです。

——アマゾンでどんな本でも簡単に買える時代です。ネットの普及で「わざわざ本屋に行かなくても」という声も聞かれます。リアル書店という、一昔前では考えもつかないような言葉が市民権を得ていますが、そのあたりはどうお考えでしょうか。

内沼:使い分けだと思っています。「この本を買う」、と欲しいものが決まっていたらネットの書店ほど便利なものはないでしょう。実際、僕もSNSを見て、誰かのオススメの本で、『面白そうだな』と思えば、その場でネットの書店から購入します。また、電子書籍になっていれば、すぐに読めるので、その利便性はすごいと思う。検索すれば手に入るネット書店は便利で、これ、と決まっていれば、大概の消費者はわざわざ書店に行かないでネットの書店で済ますでしょう。この流れに逆らおうとは考えていません。

 

内沼:リアル書店の役割は、「欲しいものは決まっていないけど、何か新しいことを知りたい」と思う人の欲求に応える場所だと思います。大型書店には、何でも揃っている多様さがある。街の小規模の書店には、それぞれに厳選された個性がある。肌に合う本屋さんが見つかれば、その店に行くだけで日々の生活は発見に満ちあふれて豊かになる。

ネット書店では、これまで購入した本の傾向から、「この本はどうですか」と類書を勧めてきたり、最近のベストセラーをレコメンドしてきますよね。

けれども、本屋をくまなく歩けば、自分の購入傾向とは関係ない、様々なジャンルの本が置いてある。伝統芸能から最新技術まで、ミジンコの生態から宇宙の仕組みまで、普通に生活していると関わりが薄くなりがちな分野の本に、ばったりと出会うことができます。

表紙が気になって、「どんな本だろう」と手に取った瞬間から、出会えなかったハズの本との対話が始まっているんです。

——本屋はブラブラしているだけ楽しいですよね。新宿の紀伊国屋のようにビルまるごと書店であれば、1日中楽しめますが、小規模書店の魅力とはなんでしょう。

内沼:店は小さいけれど、広い世界を凝縮させている、との自負はありますね。

——次に、実用的なお話を聞かせてください。40代のビジネスマンが本屋をうまく活用するには、どうしたらよいでしょう。

内沼:ビジネスの最前線で働く人であれば、他人が触れる機会が少ない情報に敏感でないといけないと思います。他人と同じ知識があるのは大前提で、さらにそこから抜き出るためには、自分だけの知識の網を張っていないといけない。

ビジネス書の棚に直行して売れ筋の本を買い漁って帰るのではなく、自然科学の棚を眺めたり、詩を読んでみたりする。ビジネスマンだからビジネス書だけを読んでいればいいわけもなく、他人と違う切り口が欲しいなら、自分から遠いジャンルであるほど、そこから得られることが多いでしょう。

そういう本と出会うためには、時間の制約はあるでしょうけど、棚を端からくまなく見るのがよいと思います。うちのような小さい本屋は、そのために全方位に対応できるように厳選していますので、ぜひぐるぐる回って見ていただきたいです。

——本と一口に言っても、その中身は千差万別です。著名人のブログをまとめた本がバカ売れしたり。

内沼:そういう軽い本も否定はしませんが、一方で、第一線の研究者が膨大な時間をかけて研究し、その成果を読みやすくまとめたものもある。

また世界の僻地に赴き、現地の生活や風習を入念にルポするような本もある。研鑽に次ぐ研鑽を重ねて、高度に編集されたものが、新書であれば1000円以下で読める時代です。

これらの良書を手にとらないのはもったいない。新書は玉石混淆ですが、書評や著者の経歴などをよく見て選べば、ブログの記事やタイムラインに入ってくるような情報とは、得られる情報の密度、凝縮度が違ってきます。

——ビジネスマンであればこそ、他人と同じ情報を得ても競争力はつきませんね。

内沼:いかに人と違うものを自分の血肉にし得るか。売れ筋のものを読んでばかりいると、他人と同じようなことしか思いつけないままではないでしょうか。『違う自分』になるには『違う本』を読んで、自分の頭で考えるのが良いと思います。

——最後に、内沼さんにとって読書が持つことの意味を教えてください。

内沼:世界のあらゆることについて、過去に考え抜いた人や感じ尽くした人の言葉が凝縮されたものが、たくさん出版されていて簡単に手に取れるのが、本というメディアのよいところです。それに引けをとらないくらいの偉人が身の回りにいて、毎日でも話せるというのであれば別ですが、そうでなければ、そうした著者と対話できることが、読書の一番の醍醐味です。

答えを導き出すのはAIのほうが得意ですが、最初の問いを立てるのは人間です。新しい問いを発見するには、読書をするのが一番だと思います。

「偶然の出会い」が演出された書店という空間。そこに足を運ばないのは、自分の世界を狭めていることになりはしないだろうか。「書を捨てよ、書店へ行こう」。新しい問いが、きっとあなたの中で目覚め始める。

Photo:Yuji HIrose
Text:Daisuke Iwasaki

Edit:栗P

内沼晋太郎(うちぬま・しんたろう)
1980年生まれ。一橋大学商学部商学科卒。卒業後、外資系見本市主催会社に入社するも、2ヶ月で退職。東京・千駄木の「往来堂書店」でアルバイトする傍ら、ブックコーディネーターとしてライブラリーのプロデュース、本にまつわるイベントやコンサルティングを手掛ける。2012年、東京・下北沢に「本屋B&B」を博報堂ケトルと協業でオープン。著書に『本の逆襲』、共著に『本の未来を探す旅 ソウル』(共に朝日出版社)などがある。



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