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BUSINESS SONY元社員の艶笑ノート

我が家のドアに「将軍様」のポスターが!

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玄関に張られた将軍様のポスター

ある日帰宅すると家の前に近所の人が集まっていた。
ぼくが近づくと彼らはサッと道をあけたが、玄関に張られているものを見て、ぼくは声をあげた。

「何だこれは!!」

“将軍様”こと、北朝鮮の金正日総書記のポスターだったのだ。

「ちょっと、これ、誰が張ったの?」

「知りませんよ。自分で張ったんじゃないんですか?」

「こんなもん、張るわけないじゃないか! 何なんだこれは?」

将軍様の顔がでかでかとあるので、てっきり北朝鮮関係のポスターかと思ったが、よく見ると映画上映会のポスターだった。渡辺文樹という監督の映画で、将軍様関係の映画のようだ。
どうしてウチの玄関に張ったかは知らないが、うかつにも興味を持ってしまった。ポスターによれば上映会は翌日だった。
ぼくは仕事を休んで会場に行った。

仕事を休んで府中に見に行く

場所は府中市だった。
府中には学生時代に住んでいたので、土地勘もあり、会場に行くのに迷ったりはしなかった。しかも途中には目印があった。ある写真屋だ。

その写真屋はかつて地元では貴重な存在として知られていた。まだ日本でポルノ写真が厳しく、自分で撮影した写真であっても裸の写真だと現像やプリントが違法とされていた80年代、その写真屋はモグリで引き受けていたため、東京じゅうからマニアが殺到していた。

その存在を知ったのは偶然だった。当時飼っていた猫を肩に乗せ、散歩をしていると、店の前に見るからに怪しい男らが並んでいたので、何をしているのかと話しかけたら、そう教えてくれたのだ。もしもの際にと覚えておいたが、ぼくにはそんな趣味はなく、出番のないまま時が過ぎていた。

 

写真屋を通り過ぎ、更に歩いたところにあの三億円事件で有名な府中刑務所があるのだが、その途中に古い食堂があった。
中華そばや餃子、黄色いたくあんが必ず添えてあるチャーハンなど、「太陽にほえろ」で「ちょうさん」や「ヤマさん」が食べているような、いかにも昭和の食堂で、油まみれで音が割れたスピーカーから、殿さまキングスの「なみだの操」が今にも流れて来そうな雰囲気の店だった。

最近流行のラーメンというと、スープはこってりし、たしかにうまいが、こんなものを食べたら血管が詰まるんじゃないかとヒヤヒヤするばかりか、あまりに色んなトッピングが乗っていて麺は完全に主役の座を奪われてしまっているが、この店ではせいぜいシナチクとチャーシューしか乗ってない素朴な中華そばだ。学生時代、この食堂に先輩と来たことがあった。

先輩は昔気質で、現代風のチャラチャラした格好が好きでなかったが、そんなカタいことでは女にモテないと周囲から言われ、思い切ってパーマをかけたところ、どんなパーマにしたいか希望を言わずにやってもらったため、おばさんパーマになってしまい、頭に来て丸坊主にしていた。
しかも曲がったことが大嫌いで、自分にも厳しいが、他人にはもっと厳しい。
ぼくがラーメンにするかチャーハンにするか、大盛りか普通盛りかで迷っていると、

「男ならハッキリしろ!」

「すいません!」

鋭い目はただでさえおっかないし、しかも丸坊主である。なかなかの迫力だ。これ以上怒られないよう、中華そばとギョーザに決め、注文しようと顔をあげると、遠巻きに見ていた店主がやって来た。
店主は度が過ぎるほど深々と頭を下げ、

「おつとめ、ご苦労様でした」

ぼくらは顔を見合わせた。
向こうのテーブルの客が、チラ、チラとこっちを気にしているのがわかった。
空気が鉛のように重たくなる中、店主は

「そういえば・・・」

と話しはじめた。

「こないだ府中で高校生が捕まりましてね、ニセ札を作ったみたいなんですよ」

「ほう」

「それが千円札のニセ札だったもんで、刑事から『キミはバカなのか』と言われたそうでしてね」

ぼくらは絶句した。一体何を言いたいのか。

「なぜそいつが犯人とバレたのか、わかりますか?」

「わかるわけないだろ」

「刑事が呼び止めたら、まだ何も聞いてないのに、いきなり、『ぼくはニセ札なんて作ってません』と言ったんですよ」

「最悪じゃねえか」

「そうでしょ? でも、お客さんならわかるでしょ。悪いことすると、つい、自分からしっぽを出しちゃうって言いますからね」

あっちのテーブルの客が聞き耳を立てているのがわかった。
ひとたびこちらがムショ帰りだと思われたら、どんなに違うと言ったところで無駄だろう。むしろ、違うと言えば言うほど、ますます状況は悪くなる。女とラブホテルから出て来たのを見つかれば、何もしていないといくら言っても通用しないのと同じだ。

「どうでもいいけどさ、早く注文取ってくれよ」

ようやく注文を聞き、店主は厨房に帰っていった。
間もなく中華そばとギョーザが来て、さあ食べようと思ったところに、店主がビールの栓を抜いて持ってきた。

「ビールなんか頼んでないよ」

「自分で飲むんです」

ぼくらが食べている間、店主は横のテーブルでビールを飲んでいたが、どうせニセ札を作るなら何で1万円にしなかったのかと独り言を言った。
そんな話をしている場合ではない。将軍様の映画の話だ。

何と、将軍様の映画は上映してなかった

その食堂と写真屋との間に将軍様の映画の上映会場があった。
入り口にはウチの玄関にあったのと同じポスターが貼ってあった。会場に入ると、オジサンたちと係の人がモメていた。しかも一人や二人ではなく、ほとんど全員とモメていた。

「どうしたんですか?」

「将軍様の映画はまだできてないんだって!」

おじさんは吐き捨てるように言った。
係の人は、自分は何も悪くないといった表情を浮かべ、

「将軍様の映画はいま作っている最中でして、今日の上映会は過去の映画なんです」

「じゃあ、あのポスターは何なんだよ。将軍様の映画と書いてあるから来たんじゃないか。将軍様の映画じゃないんなら最初からそう書くべきじゃないか」

「そう書いてありますよ」

「えっ?」

係の人に指さされ、ポスターを見ると、今回は過去の映画の上映とたしかに書いてある。
一同はシュンとした。誰もちゃんと読んでなかったのだ。みんなそんなことも確かめずにやってきたのだから、おっちょこちょいの集まりである。

「せっかくだからそれを見るよ」

ぼくが言うと、振り上げた拳をどう下ろせばいいかわからなくなっていた人たちも、

「しょうがねえから見てやる」

というわけで、一同、将軍様とは無関係の映画を見た。
それは、よくもまあ、こんな映画を作ったなと思うような典型的なB級映画(失礼!)だったが、そのバカバカしさが妙にツボにはまり、一本見た人はまた次の映画も見ていた。

ぼくの人生は府中で運命づけられた……

夕方遅い時間まで何本か見た後、ぼくは府中の街が懐かしくなり、昔すごしていたエリアを見てみたくなった。

先ほども書いたように、ぼくは学生時代に府中に住んでいたが、そのことが、後の人生を運命づけたように思う。いわば、ぼくを育ててくれた街である。
現在の府中はどこにもあるような普通の街だが、ぼくが住んでいた頃は、ギャンブルあり、ヤクザさんあり、怪しい女ありの、まるで映画の中に住んでいるかのような街だった。

今後、追々、その話をしてみたい。

Photo:Getty Images
Text:Masanari Matsui

松井政就(マツイ マサナリ)
作家。1966年、長野県に生まれる。中央大学法学部卒業後ソニーに入社。90年代前半から海外各地のカジノを巡る。2002年ソニー退社後、ビジネスアドバイザーなど務めながら、取材・執筆活動を行う。主な著書に「本物のカジノへ行こう!」(文藝春秋)「賭けに勝つ人嵌る人」(集英社)「ギャンブルにはビジネスの知恵が詰まっている」(講談社)。「カジノジャパン」にドキュメンタリー「神と呼ばれた男たち」を連載。「夕刊フジ」にコラム「競馬と国家と恋と嘘」「カジノ式競馬術」「カジノ情報局」を連載のほか、「オールアバウト」にて社会ニュース解説コラムを連載中



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