大学生の時、ぼくは新宿の焼肉屋でアルバイトをしていた。
ここを選んだのは、「まかないの夕食」として焼肉を出してくれるからだった。焼肉が大好物のぼくとしてはこんなにありがたいことはなかった。だが、ここで働いたことで、思わぬことに気づいた。焼肉には、単なる食事だけでなく、儀式的な意味があることを知ったのだ。
オスの孔雀が羽を広げればメスを誘っているとわかるし、公園でメスを追いかけ回す鳩を見れば、恋に真剣なオスとわかる。それと同じかどうかはわからないが、食事中に向かい合っている男女を見れば、どんな関係かはおよそ察しがつく。焼肉を食べているアベックは、男も女もカルビに負けず脂ぎったような顔で、ニンニクも、かまうもんかといわんばかりにたっぷりとタレに溶かし込む。そんな二人が、その後行く場所は決まっていた。
ぼくがバイトに入るなり、慶応出の店長はこう言った。
「どうしてウチが繁盛するかわかるか?」
「どうしてですか?」
「すぐそこにホテル街があるだろ。店を出て曲がるだけだ。こんないいロケーションはないんだよ」
店長とイイ仲の美保ちゃん
店長は、ぼくのことを「田舎の少年」と呼び、けっこうかわいがってくれた。店長からは一度、「ドロレス」を見るようすすめられた。何だと思って先輩に連れていってもらうと、女が裸で泥だらけになるレスリングだったことがある。今はさすがにないだろうが、そういうものが大盛況な時代だった。
またある日は「TSミュージック」に行ってみろと言われた。ミュージックというくらいだから、音楽のライブでもやっているのかと思って行くと、ストリップ小屋だった。要するに、田舎者で何も知らないぼくを、からかって面白がっていたのだ。でも、仕事については手取り足取り、親切に教えてくれた。
そんな店長といい仲だったのが、美保ちゃんというバイトの大学生だ。
本名は違うが、女優の美保純に似ているので美保ちゃんと呼ばれていた。それを言うなら純ちゃんじゃないの、とぼくは思ったが、余計なことは言わなかった。店が終わるとまかないを食べ、バイトはさっさと帰るのに、美保ちゃんはいつまでも店長と一緒に残っていた。二人がデキているのは誰の目にも明らかだった。彼女のことはぼくもいいなと思っていたが、店長との仲を知っている以上、ぼくに勝ち目はなかった。
高校の教育実習で、そんなことあるの?!
美保ちゃんは、ある女子大の教育学部の学生だった。先生になると聞くと生真面目な人を想像するが、彼女はそうではなかった。ホールを行き来する時、すれ違いざまに、
「あのアベック、今日が勝負ね。目つきが真剣」
とか
「あれだけニンニクを入れてるってことは、そういうことよね」
など、何でもかんでも話を淫靡な方向に持っていくのが好きだった。
教育実習でさえもそうだった。バイトに復帰するなり、
「教育実習って、けっこう刺激的なの」美保ちゃんはハート型の目をして、「高校生の視線が刺さるのよ。何て言うか、見られてるって感じ」
「ふぅん」
「松井君の高校にも実習生来たでしょ?」
「来たけど」
「どんな人だった?」
「そんなの、いちいち覚えてないよ」
「じゃあ、何もなかったってことね」
「どういう意味?」
「生徒と付き合っちゃう人もいるのよ」
「うそだろ。女子高生に手を出したら捕まるじゃないか」
「違うわよ。女の実習生と男子の話よ。高校生なんて、赤子の手を捻【ひね】るようなもんだからね」
「美保ちゃんも何かあったの?」
「何でそんなことに答えなきゃならないのよ」
「じゃあ、あったんだ」
「うるさいわね。ないわよ、そんなこと」
「怒らなくてもいいじゃないか」
ぼくの高校ではそんな破廉恥な話は聞いたことがなかったが、美保ちゃんは遠い目で、
「あの目はきっと、私とヤリたがっていたに違いないわ」
エロ話をする彼女を見ると、店長との関係が生々しく想像された。
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