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CULTURE ー シガー入門

粋なオトコのシガー入門

「ゲバラが愛した紫煙とは?」

2017.2.27
2017.2.27

キューバ・シガーに秘められた革命の歴史

「シガーはキューバ産に限る」。どこかの映画で聞いたようなセリフですが、前回ご紹介したように、その歴史的経緯からキューバシガーは今なおビッグネームであることに変わりはありません。ベテランの方々には少々退屈かもしれませんが、今回は「シガー千夜一夜・後編」と題しお付き合いいただければ幸いです。

その時歴史が動いた……。振り返ればキューバシガーの分水嶺となったのが❝キューバ革命❞かも知れません。

1953年7月26日、フィデル・カストロ(1926年8月13日-2016年11月25日)による革命武装組織は、バティスタ政権下にあるキューバ軍のモンタガ兵営を襲撃。うまく成功できれば本格的な革命運動の国民的喚起を促せると目論んでいました。ところが逆に返り討ちにあい130名のメンバー中、80名以上が死に至る壊滅的な打撃を受け、カストロ自身も囚われてしまいます。

15年の刑を言い渡されたカストロでしたが1955年5月、恩赦により釈放。投獄中も革命への不屈の魂を燃やし続けていた彼は、来るべき好機のための準備を整えメキシコへ亡命。先に渡航していたメンバーと合流し、虎視眈々と組織を再編します。

このメキシコ時代に運命的な出会いを果たしたのが、後の革命政府の実質的No.2となるエルネスト・ゲバラ(1928年6月14-1967年10月9日)の存在です。❝チェ❞の愛称で親しまれたゲバラですが、このチェはアルゼンチン人がよく使う独特の言い回しで、相手に話しかける「ねえ」とか「ちょっと」という意味。キューバ人の中にあって彼はよそ者。しかし、この事実からも分かるように、ゲバラは皆からとても信頼されていました。

大変不幸なことですが、顧みればキューバは闘争の歴史でもあります。始まりはスペインからの独立。徐々に国力を失いつつあったスペインにとって、植民地キューバは大きなウエイトを占める砦のような存在でした。しかし、その闘争劇に介入したのがアメリカという大国。多くの南米諸国がそうであったように、バティスタ政権もまた軍事クーデターによるアメリカの傀儡政権と言わざるを得ません。

1956年12月2日。カストロは満を持して自身を含め82名のメンバーでプレジャーボート「グランマ号」でキューバに渡ります。上陸後、山中に分け入りますが時のキューバ軍も黙ってはいません。この時の戦いは壮絶を極め同士64名を失います。

その数、わずか18名になったカストロでしたが、1959年1月1日に首都ハバナを奪取。革命を成就します。帰国から2年と1ヶ月。しかし、カストロの戦いはこれで終わりを告げたわけではありませんでした。真の独立国を目指し、ステージを新たに戦いは続きます。

少し話を戻しますが、彼らはなぜ革命に掻き立てられたのでしょうか。カストロは大農園主の家庭に生まれ、ハバナ大学を卒業。法学博士の学位を取得し弁護士をしていた人物です。ゲバラにしても医師であり、裕福な家庭に生まれ満たされていたはずなのです。

1959年2月、カストロはキューバ首相に就任。全権力を掌握します。一方、絶大な信頼を得ていたチェ・ゲバラは工業省、国立銀行総裁を兼務。政権としての基礎を築いていきます。また、当面の課題だった農地改革を進め貧困層の改善を図ります。

当時のキューバはホテル&カジノはマフィア、製糖工場と大農園、ニッケル鉱山と精錬所は大資本をもつ外国企業がその利権を握っていました。アメリカも当初はカストロ政権を静観していましたが、社会主義を謳う政策の数々に、やがて彼らは締め出されていくことになります。

見出しを立てれば善人にも悪人にも色づけられるカストロ。東西冷戦のなかで揺さぶられた小国キューバ。革命政府樹立から57年もの時が流れましたが、えげつないほどの経済制裁による兵糧攻めは今なお続いています。

母校ハバナ大学で演説をするカストロの横顔

私見ながらひとついえるのは、カストロはアメリカの領土・領海で一発の銃弾も撃ち込んでいません。彼の政策を俯瞰してみれば、キューバの土地から得られる利益のそのすべてはキューバの民に与えられるべきである、という信念をもっていたと感じます。また、補足するならば、カストロは自身の銅像を作ることを禁止し偶像崇拝を嫌いました。自宅はごく標準的なものですし、給料は医師と同程度。どこかの国とは大違いです。

そんなカストロが愛したシガーといえばコイーバのランセロス。今でこそキューバシガーの最高峰ブランドのコイーバですが、じつはその歴史は比較的新しく革命後の1968年に誕生しました。もとはボディガードが吸っていた名もないシガーだったのですが、その香りをカストロが気に入り後にブランド化。一般に売られる以前は外交用の贈答品として活用されていました。

一方、チェ・ゲバラのお気に入りはモンテクリスト。キューバシガー3大ブランドのひとつですが、喘息持ちのチェがゲリラ戦を繰り返すうちに魅了されていったとか。まさに戦士の休息に欠かせない逸品となったようです。キューバ産にかぎらずシガーには様々なブランドがありますので、いずれまた機会を見てご紹介したいと思います。

最後におすすめの映画を3本ご紹介しましょう。

国連での名演説も捨てがたいのですが、1本目は若き日のチェ・ゲバラを描いた作品としてロバート・レッドフォードがメガホンを取った「モーターサイクル・ダイアリーズ」をリストアップしたいと思います。チェの日記を元に、当時の南米の風景と革命家となるキッカケが描かれています。

2本目はカストロとの出会いからキューバ革命の成功、そしてボリビアでの死に至るまでチェの生涯を描いた2部作「チェ28歳の革命/チェ39歳別れの手紙」です。監督はスティーブン・ソダーバーグ。この作品で主演のベニチオ・デル・トロは2008年のカンヌで主演男優賞を受賞しています。

3本目はオリバー・ストーン監督がカストロへの単独インタビューと資料映像で綴った「コマンダンテ」。アメリカでは上映禁止といういわくつきのドキュメンタリー作品です。

壮絶な人生を送った二人の革命家はもうこの世には存在しません。
大地の恵みである1本のキューバシガーにはそんな歴史が秘められているのです。

Text:Seiichi Norishige

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