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FOOD ー 酒とオシャレと男と女

坪内浩の酒とお洒落と男と女

粋なダンナは知っておきたい 江戸前寿司の基礎知識

2017.2.12
2017.2.12

戦後で大きく変わり始めた寿司の歴史

「時短で紳士になりたいなら、ツボさんに習え!」

干場編集長にそう喝を入れられた、27歳の編集部員ナオキーノ。日本のウェルドレッサーの筆頭格、シューズデザイナーの坪内浩さんに「オシャレとは?」「男と女とは?」など根掘り葉掘り訊きまくる新企画の5回目。今回やってきたのは、坪内さんが30年以上も通っている昭和23年創業の老舗寿司屋「笹鮨」です。いったいどんな話が飛び出すのでしょうか?

坪内さんここのお店はね、老舗でしか味わえない「煮イカの握り」が美味しいですよ。三代目になる大将も、81歳で現役の職人さんなのでかっこいいですよね!

ナオキーノ:三代目と聞いたらやっぱり…フッ、止めておきます(笑)。お恥ずかしいんですが、老舗のお寿司屋さんに初めてきました。歴史にも詳しくないのでお聞きしたいのですが、何気なく食べているお寿司のルーツってどこにあるんですか?

大将:握り寿司のことを俗に「江戸前寿司」と言ったりするのですが、昔は「大阪寿司」と言って「押し寿司」や「箱寿司」が基本だったんです。江戸の寿司は両国の「与兵衛寿司」と浅草の「松山寿司」から始まったと親父から聞いてます。

寿司屋は戦前まで屋台で営業をしていたんですが、戦後になり食中毒や疫病を恐れたGHQが、「生ものを扱うなら店舗形式のみ営業を許可する」とお達しを下し、客席にも水道がつくなど、とにかく衛生面に対し厳しくなりました。

……と言いながら水道がついていた頃の写真を持ってくる。

坪内さん:昭和34年、建築写真文庫発行の本ですか! これは貴重ですね。しかも、お寿司屋さんを取材したわけではなく、建築物を取材したんですね。

大将:店の造りとか門構えだけで、お寿司のことは一切載っていないんです(笑)。ですがこの本にうちが載っているだけで誇りに思っています。都市開発される前は、有楽町や神田にはこういたお店がたくさんあったんですよ。

と言いますのも、兵隊さんには料理屋あがりもいれば寿司屋あがりの人もいたんですね。終戦後、その人たちが帰ってきたときに、まな板と包丁さえあればできる寿司屋をやる人が多かったんです。

ご飯を丸めてネタをのっければ寿司ですし、そもそも寿司には定義がないでやりやすかったんです。現代では、みんな頭がいいから「創作寿司」とか言って工夫してやっていますよね。

坪内さん:でも歴史があるお店がちゃんと残っていないと、お客さんの嗜好に左右されてしまい歴史や文化が崩れていく一方じゃないですか。

大将落語にしてもいろんな話がある中、選別されて残ってきたのが古典落語として残るし、くだらないのは排除されるじゃないですか。同じ落語でも人によっては昔のように話したり、現代風にアレンジしたりみなさん工夫されているのと一緒ですよ。

坪内さん:そうですね。本当にいいものなら生き残りますし、時代の変化がある以上しょうがないのかもしれませんね。

ナオキーノ:歴史や文化の熱い話しで、早速気絶しそうです。大変恐縮なんですが、「玉子焼き」が薄いのも老舗ならではなんですか?

大将:今ではこのように3つ重ねたくらいの厚焼き玉子が主流ですが、戦前まで1枚程度の薄さの玉子焼きしかなかったんです。せがれなんかは料理屋で修業していたから、厚焼きもできるんですが、厚焼きは料理屋の仕事であって寿司屋の仕事じゃないと思っているんですよ。

ナオキーノ:言い切り方がかっこいいですね! 少し恥ずかしいことお聞きしますが、お寿司は手と箸どちらが正しい食べ方なんですか?

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