彼女はぼくを見つけ、
「さっそく着てくださったんですね」
「会社ですごく評判良かったです」
「よくお似合いですよ」
「あなたのセンスがいいんです」
「わ~、ありがとうございます!」
「もう一着欲しいんですが、これと色違いはありますか?」
「ありますけど、色違いより、全く違うもののほうがいいですよ。たとえばこれとか」
彼女は黒いポロシャツをぼくの胸に合わせた。また彼女の顔が30cmくらいに近づいた。昨日と同じ香りがした。
彼女と親密になりたい気持ちがみるみる沸き上がり、ついに抑えきれなくなった。
客はぼくだけ。店員も彼女だけだった。ポロシャツを包んでもらいながら、もはや勇気を出して行くしかないと思った。前進あるのみだ。
ぼくは思い切って声をかけた。
「仕事は何時までですか?」
「だいたい9時までです」
「もしよかったら、飲みにいきませんか?」
「え?」
「軽く一杯どうかと思って」
すると彼女は手の動きを早め、
「いつもそうやって声をかけるんですか?」
「そんなことありません。こんなことするのは、はじめてです。色々と話をしたいと思って」
むろん、はじめてではないが、そう答えるしかない。
「ご迷惑はかけませんから、ちょっとだけ行きませんか?」
「でも……」
「ちょっとだけですから」
「本当にちょっとだけですよ」
「やった!」
ぼくは小さく拳を握りしめた。
待ち合わせ場所に現れた彼女は、お店で見るよりさらにかわいかった。名前は「ゆり子ちゃん」としておこう。週末のため店は混んでいたが、何とか空いている席を見つけ、ぼくらは並んで座った。
飲んで食べるうち、ぼくらはあっという間にタメ口でしゃべるようになった。すぐにうち解け、彼女はキャッキャと笑いながら、ぼくの腕にしがみついたりした。そういえば、誰だったかモテる芸能人が、「女性と仲良くなりたければ並んで座れ」と言っていたが、それはこういうことかと思った。
スタートが遅かったせいか、それとも楽しかったせいか、時間の過ぎるのは早かった。すでに終電の時間になっていたが、彼女も全く帰ろうとする様子がない。明日は休みだし、これはもう、成り行きに任せようと思った。
やがて彼女が言った。
「松井さん、終電は?」
「終わっちゃった」
「大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないよ」
「どうするの?」
「どうしようかな」
「おうち、遠いの?」
「歩くと5時間くらいかかる」
彼女はプッと吹き出し、
「何それ。歩けるわけないじゃん」
「じゃあ、このまま飲むしかないかな。ゆり子ちゃんは?」
「うちはそんなに遠くないよ。タクシーで15分くらい」
「どこ?」
「代田橋」
「うちと逆だ。でもいいとこに住んでるんだね。家賃高いでしょ?」
「そんなことないの。会社の寮だから」
「ふうん。もしかして女子寮?」
「そうよ。どうして?」
「女子寮って聞くだけで、何だか神秘の世界だ」
「いやらしいこと考えてるんでしょ」
「男なんてそんなもんだよ」
一瞬会話が途切れたので、調子に乗ってしくじったかと思っていると、
「ねえ」