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世界一オシャレなホームレス マーク・レイが語る「トランプ大統領と私の家なし生活」

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ニューヨークの光と影を映すドキュメンタリー映画

高級なスーツに身を包み、ニューヨークの街を闊歩する男性。どこから見ても成功者の風格ですが、彼が毎晩眠りにつくのは、雑居ビルに囲まれたアパート屋上。

ヒューマントラストシネマ渋谷ほかで公開されているドキュメンタリー映画「ホームレス ニューヨークと寝た男」。カメラが密着したのは、ファッションモデルをしながらフォトグラファーとして糊口をしのぐ、マーク・レイ氏です。6年前に「普通の生活」に別れを告げ、ビルの屋上で生活をするようになったマーク・レイ氏に、本誌編集部員のナオキーノが根掘り葉掘りインタビューしました。

ナオキーノ:マークさんの生活を追った映画「ホームレス」、とても面白かったです。とくにスポーツジムで洗濯する姿や、公衆トイレを洗面所がわりに使うシーンは衝撃を受けました。映画を観終わって印象に残ったのは、マークさんがNYでホームレス生活を送ることの刺激を楽しんでいるように見えたことです。これまでの経歴もスリリングな道を辿ってこられたのでしょうか?

マーク・レイ:確かに僕は昔から人と違うことに興味を持つタイプでした。1984年(当時25歳)からイタリアミラノでモデルを始めたんですが、ヴェルサーチ、モスキーノ、ミッソーニ、フェレなど、有名ブランドのファッションショーに出演していました。

実現こそしませんでしたが、1985年には「ヨージ・ヤマモト」のファッションショーからもオファーが来ていたんです。モデル活動すると、通常では考えられないような、クリエイティブな方々から刺激を得ることができるので病みつきになってしまうんです。

今でも忘れられないのは、モスキーノのファッションショーにでたときのこと。フランコ・モスキーノ氏はとてもクリエイティブなデザイナーで、ランウェイの上でモデル全員に「ラテンラバー(色男)」というテーマに沿ったキャラクターを演じさせたんです。小道具でギターを渡された私は、ランウェイを進む途中でいきなり、膝をついてギターを弾いてみました。こっぴどく怒られましたが今ではいい思い出です(笑)。

ナオキーノ:もしかして、極度の目立ちたがり屋さんですか?

マーク・レイ:そうかもしれません(笑)。この話には後日談があって、それから半年後にモスキーノのポスターを見たら、私がギターを弾くシーンが使われていたんですよ! それ以降、「あのギターのモデルさんですよね」と話しかけられることも増えて、嬉しかったです。

86年には、アントワープ系が人気を博した町ブリュッセルで、ドリス・ヴァン・ノッテンダーク・ビッケンバーグと言った、いわゆるアントワープ6のデザイナーのファッションショーにも出演しました。

ナオキーノ:すごい経歴をお持ちですが、マークさんはアメリカ生まれですよね。モデルを夢みてイタリアに渡ったのは何がきっかけだったんでしょうか?

マーク・レイ:実は大学を卒業してから一番入りたかったのはCIAなんです。でもCIAの面接官に言われたのが、「まずは国際的な仕事の経験を積み、他の国の言語を学んだほうがいい。」ということ。それから「ランウェイの歩き方も修得するともっと優利だ。」ともつけ加えられました(笑)。そういったこともありモデルとしてヨーロッパに行くことを決意してアメリカを発ちました。

ナオキーノ:アメリカンジョークありがとうございます! でも、華やかな生活から一転、どうしてホームレスになったのでしょう?

マーク・レイ:思い起こせば、ミラノでフォトグラファーに憧れたことから運命が変わり始めたんです。ヨットで家族を連れている富裕層の方々の写真を撮って生計を立てようと、夢を追ってのことだったのですが…。人生そんなに甘くはないですね。お金を稼げなかったことで夢が悪夢に変わってしまいました。その後、ニューヨークに戻りフォトグラファーとして働き始めたのですが、ファッションウィークまで生活ができるギリギリのお金しか残っていませんでした。

その間にも英国のファッション誌「デイズド・アンド・コンフューズド誌」や、ラップドレスで一世を風靡した「ダイアン・フォン・ファステンバーグ」の仕事が決まっていたんです。でも、お給料をもらうまでには時間がかかるので、まとまったお金が入るまでは友人の家やホテルでなんとか過ごそうと思っていました。

しかし、宿泊中のホテルでトコジラミに刺されて肌がひどく荒れてしまい、友人の部屋に泊まるのには気が引けてしまったので、友人宅の屋上でどうしようか悩んでいたのです。そこでふと、フェンスで囲まれたスペースがあることに気づき、ひとまずそこで暮らすようになりました。もちろん屋上で寝泊まりしていることは友人に内緒でした。

ナオキーノ:運がいいのか悪いのか、不幸中の幸いとも言うべきなのか…。きっかけは些細なことだったんですね。

マーク・レイ:ファッションウィークの時は、マーク ジェイコブズのアフターパーティーなどに参加していたのですが、他の参加者たちがドライバー付きの車で自分のマンションに帰る中、僕はバスに乗りひっそりと屋上に帰る生活をしていました。ヨーロッパでの華やかな暮らしから一転、年収150万円の暮らしになるなんて思ってもいなく、一度は自殺も考えましたよ。

ナオキーノ:.追い詰められていたんですね…。なぜそこまでしてフォトグラファーを続けようと思ったのですか?

マーク・レイ:本当にお金がなかったので、工場など安定した収入の仕事をしようか真剣に迷っていました。でも、月に2回は「3万ドルのギャラを出すから数週間空けてくれないか?」と、ドイツのモデルエイジェンシーから電話がかかって来ていたんです。工場の1ヵ月分のお給料を数日でもらえる、しかも最高なロケ地で。そんな話をふられ続けているうちに工場の仕事にはつきにくくなってしまったのです。ただ、それからの仕事の話も実現することはなかったですが……。

私は、自由を求めてホームレスになった珍しいタイプだったと思います。それに家賃のために一週間で50時間も働きたくなかったんですよ。他人にはイカれていると思われるけど、僕は家賃のために自分の時間を注ぎ込む方がイカれていると思うんです。

ナオキーノ:だいぶこじらせていらっしゃいますね。ホームレスになってファッションに対する価値観は変わりましたか?

マーク・レイ:確かにハイファッションはとても"贅沢な物"という風に変わりました。それと同時に自分のスタイルも変わりました。以前は、毎日違う洋服を着ていましたが、今では毎日キレイに洗濯できれば、同じ服を着てもかまわないと思っています。"スタイル"というのは定義付けだと思うので、黒のスーツを身に着けている人であれば"黒のスーツを着る人"だとみなが思い、それがその人のスタイルになっていくと思います。

ワードローブが豊富にあり、いつも違う洋服を着ることが必ずしも"スタイル"ではないですよ。今の私は、良質なものを数少なく持っているくらいですし、逆に数の限られたワードローブのお陰で解放感が生まれました。スカーフとかで小さな変化をつけたりしますが、洋服に使うお金があまりないので、今はすごく良質なものを数点身に着けて繰り返し身に着けることが私のスタイルになっていますし、そのスタイルをとても気に入っています。

ナオキーノ:やはり環境が変わると見えてくる世界が変わるんですね。あなたにとってファッションとはなんですか?

マーク・レイ:ヨーロッパから来た友達と、ブルックリンにある有名なお洒落スポット「ウィリアムズバーグ」に来ているヒップスターを見て思ったのが、みんな同じルックの複製になっていて、洋服がユニフォーム化している感じがとてもトゥーマッチな気がしました。私は、ファッションの一番最高なアイテムは「満足しているその人の表情」だと思っています。とにかく自然体でいることがいい、ごまかさず堂々と。

当たり前だけど、もし洋服選びで困ったらセンスがある友達にどこで買っているのか聞いてみたり、ショップ店員に「スタイリングして下さい」と言ってみるのがいいと思います。その時もたくさん買うのではなく、普段気慣れているものを着て、それに他の洋服を合わせてもらったりするのがいいと思います。あとは年相応の服を着るのがいいですね。

ナオキーノ:日本人のファッションについてはどう思いますか?

マーク・レイ:まだ12時間しか滞在していないからな…。みんな白いマスクをしてる印象が強いですね(笑)。

ナオキーノ:野暮なことをお聞きしますが、ドナルド・トランプ氏についてはどう思っていますか?

マーク・レイ:とても偉大な男…というのはもちろん冗談。甘やかされて育ったとんでもない子供のような、とんでもない男だと思います。アメリカが抱える深い病巣を反映した人物だと思いますね。ブッシュもひどかったけれど、彼より最低な政治をしなければいいんですが…。

ナオキーノ:最後にズバリ、お聞きします。マーク・レイ氏にとって幸せとはなんですか?

マーク・レイ幸福とは、一時的なものなのかなという印象があります。生活の中で幸せを与えてくれる物はたくさんありますよね。子供たちが遊んでいる姿を見るとか、美味しいものを食べるとか、カシミヤのセーターを着たときの肌ざわり……。2万5千円のスーツでも、モノによっては充分に幸福感を与えてくれますし、みんながそれを聞いてニコニコしてる姿を見たときもハッピーですよね。

現在はニュージャージの母親の家にいて仕事があるとニューヨークの友達の家に泊まる生活をしているマーク・レイ氏。今でも自分の家を持つことにはまったく興味がないそうです。

夢を追いかけ始まった人生ですが、皮肉にも有名になったのは"オシャレ"なのに"ホームレス"だということ。しかし、酒や薬に溺れたり仕事を放棄してホームレスになった訳でもなく、お金がないという理由だけで、自らホームレスになることを選ぶ興味深い人です。

CIAの面接には不合格するも、身を隠す生活スタイルはまさに何者かわからないCIAのようでした。もしかすると、いつまでも刺激を求めているのかもしれませんね。

映画では、マーク・レイ氏の私生活の模様が見られます。夢を追いかけることの楽しさや恐怖、成功から転落を繰り返す毎日、切ないけれどどこか笑えるドキュメンタリー映画でした。日本ではあまり共感や実感できる内容ではないかもしれませんが、だからこそ映画を見ることをオススメします。

なぜならば、「家をもつこと」や「普通の生活」といった固定概念をくつがえしてくれるのがこの映画の魅力だからです。さらに、映画の音楽を担当しているのはカイル・イーストウッド氏。なんと世界を代表する映画監督クリント・イーストウッド氏の息子さんなのです。そんなカイル氏の音楽にも注目です、ダンナ!

Photo:Yoshihiro Kamiya
Text:Naoki Fujita

Edit:栗原P

【ホームレス ニューヨークと寝た男】
ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国で順次公開
http://homme-less.jp/

【マーク・レイ日本就職活動支援クラウドファンド企画】
https://motion-gallery.net/projects/hommeless



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