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BUSINESS SONY元社員の艶笑ノート

「安くない社員セール」

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昔は「社員セール」が盛んだった

日本経済が傾き、多くの企業で業績が右肩下がりになってからは消えつつあるが、90年代までの日本企業は社員への福利厚生に手厚かった。
運動会はあったし、レクレーションはあったし、会社直営の保養施設やホテルなんかを持っている会社もあった。家族旅行券を奮発する気前のよい会社もあった。

その中に、自社製品を特別価格で販売する「社員セール」があった。福利厚生の一環で、物作りの会社では当時どこでもやっていた。日頃どんなに嫌な思いをして働いていても、その時ばかりは「ここの社員でよかった」と、お手軽な愛社精神を刺激されるイベントだった。

以前、鞄メーカーの友達が社員セールに内緒で呼んでくれたことがあった。会場入り口で入場者はチェックされるのだが、みな、家族だとか親戚だとか言っていた。ぼくは赤の他人なのでどうしようかとドキドキしたが、前の人の真似をして「親戚です」というと、すんなり入れてくれた。ホッと胸をなで下ろすと、ぼくの次の人が「社員の友達です」といって何の問題もなく入ってきたので、ドキドキして損した気がした。

©gettyimages

会場には新品の鞄がずらりと並び、どれも欲しいものばかり。しかも「まさか、こんなに?」というほど値段が安い。半額なのは当たり前で、ちょっと形が古ければ8割引や9割引というものもあった。デパートではとても手を出せないようないい鞄がぼくでも買えるような値段で手に入ったので、本当にありがたいと思った。
何しろ、デパートで1つ買う値段で3つも4つも買えてしまうのだ。うっかりするとあれもこれもと欲張ってしまうのをぐっと我慢して2つ買い、その鞄は今でも愛用している。

話が逸れてしまった。

ぜんぜん安くない社員セール

ソニーでも「社員特別あっせん販売」(というような名前だった)があった。鞄メーカーの件もあり、期待は膨らんだ。ぼくはすでに買いたいものが決まっていた。8ミリビデオだった。事前に秋葉原にも見に行き、けっこう安い店もあったが、社員セールがあることがわかっていたので買わないで我慢していた。

©gettyimages

セールの日が近づいた頃、カタログ(チラシ)が配られた。どんなに安いのか楽しみで、待ちに待った気分で値段を見て、
「あれ?」
と思った。
ぜんぜん安くないのだ。いや、安くないというのは正確な言い方ではない。定価(※当時はまだ定価があった)よりは安いのだが、秋葉原で買うよりはずっと高いのだ。
隣の先輩に聞くと、
「おう。ぜんぜん安くないよ」

釈然としない「あっせん価格」

先輩はさも当然という顔で、
「安いどころか、店より高いよ」
「どうしてですか? 社員特別あっせん販売じゃないですか」
「そうだよ」
「安くなきゃ社員セールの意味ないんじゃないですか」
「ばか。お前にはまだわからんだろうが、高くあっせんするから意味があるんだよ」
「どういう意味ですか?」

©gettyimages

先輩は眉を寄せ、
「あのな、オレたちはメーカーの社員だろ? 社員は安く買えていいなと世間から思わてるんだよ。それが、そう思われている通りに安く買っていたんじゃ、身も蓋もないだろ」

何だか釈然としない話だと思ったし、若造だったぼくに受け入れられるわけがない。今思えば、その程度の心の持ちかたさえできないとは何て無粋だったのかと思うが、得をしたい気持ちで凝り固まっていた。
それに、わざと高く買うような社員セールって一体何なんだと思った。
ぼくは秋葉原で買うことにした。

昔の秋葉原は隣の店を紹介する余裕があった

現在の秋葉原は、家電量販店に関しては巨大な駅ビルと一体化した某店の一人勝ちという味気ないことになり、その他はおたく系になってしまっているが、当時の秋葉原は町全体にいろんなお店がひしめきあい、バリエーションの楽しめる町だった。店によって営業方針も違ったし、売っているものも変化に富んでいた。一部のものだけに人気が集中し、どこもかしこもそればかり売っているというようなことも少なかった。

©gettyimages

店にはそれぞれ得意分野があり、オーディオ寄りの店もあれば映像寄りの店もあった。同じカテゴリーの商品を売っているため、当然のことながらそれなりに競争関係にあるのだが、ただ単に安さだけを争うような不毛な商売は行わず、健全な共存共栄が成り立っていた。

ぼくが実際に経験したことでは、あるお店で商品を指定して買おうとすると、品切れで隣のお店を紹介されたことがあったし、深く考えずに入ったお店で商品について質問すると、そのカテゴリーを専門としている別のお店を紹介されたこともあった。

店員さんからたくさんのことを学んだ

何でもかんでも競争ばかりの今の社会では考えられないことだが、当時の秋葉原は、激しい競争をしながらも、秋葉原らしい伝統や良識があった気がする。だから買い物も本当に楽しかった。しゃべるのが大好きな店員もゴマンといて、立ち話で1時間も2時間も話をしてくれたこともあった。だからといって、仕事をサボっているのかといえば全然そうではなく、他のお客さんが来れば、ぼくには「ちょっと待ってて」といって接客に行き、終わればまた話の続きをしてくれたりもした。

©gettyimages

自分がソニーに勤めていながらも、商品の使い勝手、他社製品との違いなどは店員から得るものが断然多く、買い物に来たつもりが、秋葉原の店員に勉強させてもらっていたようなものだった。

また話が逸れてしまった。

NEXT>>>念願だったソニー製8ミリビデオを値切った結果…



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