"こじラグ"ヤナカが、いま最も気になっているブランド「カンタータ」
「こじラグ」でお馴染み、世界の一流品を買い集め続けるシニアエディターのヤナカが、いま最も気になるものを誇らしげに示すべく、実施するインタビュー企画「こじ×こじ」。
第1回目は、今まで散々服を買ってきたため少々のアイテムでは触手が動かず、最近は本当に魅力を感じてトキめいた物しか買うことはないヤナカが、出逢った瞬間にひと目惚れ! 22万円のローブと、21万円のチェスターフィールドコートを即決してしまうほど、いま最も気になっているブランド「カンタータ(Cantate)」のデザイナー、松島紳さんにインタビューを敢行。込めた想いについて訊いてきました。
決して安くはありませんが、日本に古くから伝わる手仕事でしか表現できない職人技を駆使し、昔ながらの上等な生地を、古き良き機械を使って仕立てる。そんな姿勢とアツい想いには共感することが多く、感動したのです。この魅力に触れれば、きっとFORZA STYLEの読者の方々も心動かされるはずだと思うので、是非ご一読ください!
ヤナカ:まずは、紳さんが服を生業にしていくまでのプロセスってのを教えていただけますか?
松島紳(敬称略/以下松島):最初は古着に興味を持った感じですね。その魅力に取り憑かれて、これと同じものを作りたいなって。例えば、ミリタリーの合理的な作りに驚かされて、これを今の服で再現できないかなって思ったのがスタートです。
ヤナカ:それって、何歳ぐらいの頃ですか?
松島:高校2年生ですかね。
ヤナカ:その頃はもう、服の専門学校に行ってブランドを始めようって意思は固まっていたんですか?
松島:いや、まだその頃は公認会計士になりたくて。
ヤナカ:そんな時期があったんですね。ちなみに、僕も一瞬考えました。
松島:後からでもなれるだろうなんて甘く考えてたら、もう戻れなくなって。
ヤナカ:それで、服でメシを食っていこうと決めたのは、どのタイミングですか?
松島:高校3年生の頃、文化(服装学院)に進路を決めたときですね。
ヤナカ:文化(服装学院)を選んだときは、何を基準にしたんですか?
松島:基礎が一番しっかりしてそうでしたし、デザインというよりは基礎を教えてくれるところってことでパタンナーのコースを選びました。
ヤナカ:文化(服装学院)を卒業するときの進路は?
松島:いくつか内定を貰っていましたが、紆余曲折ありまして、岡山の会社に入り、生地やデニムについて学びましたね。そこに1年位いて、某ドメスティックブランドに入りました。
ヤナカ:そのブランドへは、どういう経緯で入社するんですか?
松島:当時、募集はしていなかったんですが、履歴書を出してみたら「次の週から働いてください」と良いお返事を頂きました。
ヤナカ:そこには何年いて、次へと進むんですか?
松島:3年ですね。そこを辞めるときは小さくても自分の会社を作ろうと思っていました。
ヤナカ:そのときって、25歳くらいですよね? 実際辞めて自分の会社をスタートさせるまでって、どの位の期間を要したんですか?
松島:2ヶ月とかです。ただ、そのうち1ヶ月は実家に帰っていたので、正味1ヶ月位です。やりたいことはボンヤリ決まっていて、ブランド名は今のカンタータ(Cantate)に決めていたんですけど、会社名が決まらなくて。ある日、いつも行くイタリアンのカウンターに『カルネ(carne)』っていう肉の本が置いてあって、フォントが可愛かったから、それに決めようって。
ヤナカ:そんな感じだったんですね。いろいろスゴいなぁ……。
松島:シェフに「カルネって何ですか?」って聞いたら、「肉だよ」って言われて。その後いろいろと調べてみたら、フランスの方言で"ベージュ"って意味もあって。そこで、ブランドカラーはベージュとネイビーです、と。日本でブランドカラーを設定してるところって少ないから、そういう風にやっていこうと、メゾンブランドっぽく作っていこうとスタートさせました。
ヤナカ:では、ブランド立ち上げますの時点から、どのようなプロセスを経て生産していったんですか? 今まで関わった方々に、再度声を掛けていったんですか?
松島:それは一人もいないんですよ。会社を登記してから、すぐに簡単な名刺を作って、地方を駆けずり回って「松島と申します、一緒にお仕事させてください」って話をして、今の仕入れ先を開拓していったんです。
ヤナカ:それはビックリ! すべて新規の飛び込みなんですね。そこから、あのクオリティの生産者と繋がって、仕上げてられているのは驚きですね。
松島:全部サラから始めたかったんですよ。誰にも何も言われたくなかったので。例えば、2016年秋冬にリリースしたMA-1のインナーに使っているシルクの毛布があったじゃないですか。あれは、毛布を作ってる会社って何十年も前は数百社ほど存在していたんですが、今は2社しかなくて。ってことは、どちらかが献上している毛布を作ってるんじゃないかって発想で、アタックしてみたら当たったわけです。
ヤナカ:2分の1を当てて、突き進んだんですね。それじゃ、あのテーラードやデニムについては? すべて手探りで探し当てたんですか?
松島:手探りか、協会に連絡して「こういう方を探しています」と、尋ねたりして探しました。
ヤナカ:そこから生産に着手して、第1回目となる2016年春夏の展示会に繋がっていくわけですね。
松島:合同で展示会をさせていただいて、そこから自身で開拓してストラスブルゴと1LDKとのお取引きがスタートします。
ヤナカ:実際、第1回目の展示会を終えて、実感というか手応えはいかがでしたか?
松島:今やっと、ちょっとだけ高い服が認められてきた観がありますが、そのときは「高い服は絶対に売れない」と言われていました。でも、高い服を求めている傾向があるのを感覚的に掴み始めていて、実際に上下で20万越えのスーツが売れたから、信じてやっていけるかなって実感は得られました。
ヤナカ:ちなみに、最初はどんなブランドにすべくしてスタートさせたんですか? ターゲットとか、価格設定とか。
松島:服の値段設定って、原価や工賃など足して足して、最後に利益を乗せていくと思うんですが、僕の場合は服の顔を見て決めるんです。上がった時点でコストは出ているんですが、"こんな顔だからこの値段にしよう"って決めるんです。ウチの服って高いじゃないですか? 決して安くはない。最終的には、日本のエルメス的な存在になりたいんです。買える人が買えばいいブランド。だから、あんまりターゲットとする年齢なども考えていないんです。だから、イメージを固めないよう、カタログにもモデルは使っていないんです。
ヤナカ:アイテムの幅を増やしていかないとのことですが、これからシーズンを重ねていく中でもそうお考えですか?
松島:今、考えているのはひとつのクローゼットの提案なんです。ワンシーズンのクローゼットをカンタータで揃えて頂きたい。今後、若干は増えていきますが、それが80型になるようなことは考えていませんね。
ヤナカ:理想的な型数ってあるんですか?
松島:25型前後だと思います。今は20型ない位なので、ほぼ理想には近いんです。プレス業務は外部にお願いしていますが、それ以外すべて一人でやってるから、全力出し切って作ると、それぐらいしか作れないんですよね。
ヤナカ:今って、自分がこんなもの好きだから的な物作りだと思うんですが、今後ブランドが成長した際、どういう方向へ進んでいくのかに興味があるんですが。
松島:型数は変わらず、各オーダー数が増えていくのが理想です。
ヤナカ:本来あるべき姿な気もしますが、他人とカブるの嫌う方が多そうですからね…。
松島:みんな同じでもイイんじゃないですか。
ヤナカ:ちなみに、カンタータの物作りって、どういう順序で進んでいくんですか?
松島:まず最初は、生地なんですよ。「こんな生地ができた」となった時点で、作りたい物リストを作るんです。そこから削ぎ落として、どれ位あったらクローゼットとして成り立つかなと考え、バランスを見て商品を構成していきます。
ヤナカ:その生地を作る際は、どんな風に取り掛かっていくんですか?
松島:糸からですね。糸屋さんが「こんなスゴい糸を作った」と聞いたら、それをシンプルかつ最大限に活かす生地を作ってみようと提案するんです。つねに大量生産ができる訳ではないので、ビジネスには結びつかないかもしれないんですが、一緒に仕事をする方の初期衝動に訴えかけるんですよ。「なんで、その仕事に就いたんですか?」って。そこをくすぐって、今できる最上にチャレンジしてみる。すぐに日の目は見ないかもしれないけど、達成感や将来への小さな明るい光は絶対に見えるはずなので。
ヤナカ:話を聞いてると料理人に近い感じがしますね。先に作りたい料理があって仕入れるというより、そのとき美味しい魚や肉があるから、その美味さを最大限に活かせる料理を作る的な。
松島:そうかもしれないですね。
ヤナカ:一個一個物作りをするときに、紳さん的にこれだけは絶対に守るルールみたいなものってあるんですか?
松島:日本人で作ってるっていうのは絶対ですね。あとは、商社やOEM会社が入っていないから、最初から最後まで自分の目で見て確認するってことですかね。だから僕は、死ぬまで生産管理はやろうと思っています。そこは他のブランドとは異なる部分だと思いますね。
ヤナカ:それはブランドが大きくなっても続けます?
松島:絶対に変わらないです。
ヤナカ:素晴らしいなぁ。販売員がいつまでも店頭に立つ的な、職に対するアツい想いを感じます。
松島:それこそ、工場からは「松島さんが担当じゃなかったらやらない。辞める」とも言われてるので。
ヤナカ:一番大変だけど、一番やりがいのある部分ですもんね。ここから自分のお店を作るとか、逆に卸し先を増やしていくとか、当面の目標はいかがですか?
松島:まだ取引先は増やしたいですし、お店も出したいんです。ただ、どの段階でできるかは分からないんですが、銀座にお店は出したいです。
ヤナカ:おぉ! なぜ銀座なんですか?
松島:銀座こそ、日本の最高峰だなって。どのブランドも銀座に出店してるので、早くそこに肩を並べたいんですよね。物としては絶対に負けていない自信があるので、どこまで資本を集められるかだと思うんですよね。そして、最後はホテルもやりたいんです。
ヤナカ:仰ってましたね。でも、ホテルの経営は一筋縄ではいかなそうですけどね…。
松島:まぁ、老後の楽しみというか目標ですかね。
ヤナカ:今って、ほぼすべてお一人で賄っていますが、今後は人数を増やす予定ですか?
松島:最終的に、僕以外にあと二人いれば十分かと思っています。すべてを自社で賄ったとして、あと二人。一人がひとつのことしかできないっていうのは、今の時代には向いていないので。みんな、いろんなことをやってくださいって感じです。
ヤナカ:まず、そこに辿り着くには何年ですか?
松島:3年ですね。会社として5年で見えていたい景色ですかね。
ヤナカ:それでは、そろそろ商品のお話を聞かせていただきましょうかね…。
後編につづく
Main Photo:Yasuyuki Takaki
Edit:Ryutaro Yanaka
松島 紳
カンタータ デザイナー
北海道出身、古着とフレンチヴィンテージに魅せられ、ファッションの世界に進む。文化服装学院卒業後、多くのブランドでデザイン、企画、生産等を経験。2015年カンタータ(cantate)を立ち上げる。日本最高峰の機屋、工場と直接コンタクトを取りながら、メイド・イン・ジャパンのスタンダード服を創り続ける。
【問い合わせ】
カンタータ(カルネ)
03-6407-1847
http://www.cantate.jp/
【撮影協力】
BAR KOBA
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