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BUSINESS SONY元社員の艶笑ノート

「ホープ」と呼ばれた課長の正体

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他のグループは、いいか悪いかは別として、常識的でまとまりのある結論を導き出していたが、ぼくらのグループは1時間かけてまとめた結論が土壇場でチャラになるので、それはもう大変だった。
発表担当者も頭が混乱し、いざ発表をはじめても、話している本人が自分で何を言っているのかわからないのではないかと思われるほど、しどろもどろになっていた。

奥さん思いで子煩悩な青田さん

そんな研修だが、一日の終わりにはみんなで声をかけあって食事をした。ディベートで意見をぶつけ合った同士も、それはそれとして、こういうのは親睦を深めるのが目的でもある。ところが、青田さんだけは食事に参加せずに帰ってしまうのだった。奥さんが毎日夕食を作って待っているから、それを食べてあげないとかわいそうというのが理由だった。
それを聞き、男性陣は、研修の時くらいどうにかならないのかと顔をしかめたが、女性陣はおおむね好意的で、「奥さんは幸せね」とか「優しい旦那様ね」などと言っていた。付き合いが悪いのに女性から評価される点も、何だか悔しい気がした。

©gettyimages

そんな研修も最終日となった。
この日は金曜日ということで、終わった後の食事も盛大に行おうということになった。青木さんはずっと不参加だったが、今日でおしまいだから最後くらいは出ないかと声をかけると、「参加したいのはやまやまだが、どうしても無理」という。
「そんなこと言わず、行こうよ」
「明日、子供の通う保育園の運動会で、その準備でどうしても帰らなきゃならないんだ」

そう言われてしまえばどうしようもない。
「子供がいま一番かわいい盛りで、手がかかって大変だけど、今しかしてあげられないこともあるから」
やはり、人には事情がある。無理なものは仕方がない。また会社で会おうといって、ぼくらは彼を送り出した。こうして研修は終わった。

「彼、また何かやらかしたんですか?」

その翌週は、ある会議があった。出席したところ、参加者の中にあの青田さんと同じ職場の男性がいた。これは奇遇だと思い、会議の後に話しかけてみた。
「先週の中堅社員研修で青田さんと一緒だったんです」
すると表情がさっと曇り、眉は八の字になった。
「彼、また何かやらかしたんですか?」

てっきり話が盛り上がるかと思いきや、意外な反応が返ってきたのでぼくは戸惑った。
「どういう意味ですか」
「彼、また何か言ってませんでしたか?」
“また”という言い方が気になった。もしや青田さんは、過去に情報を職場の外に漏らしたことでもあるのかと思った。それを不安に思っているのかもしれないが、青田さんは詳しいことについて口が堅かったのは事実なので、彼の信用のためにもそれははっきり言わないといけないと思った。
「機密性の高い仕事とは言ってましたが、詳しいことは全く話していませんでした。まだ発表されてない最先端の設計だからと」
「やっぱり……」
「でも、具体的なことについては何も話してませんでしたから、心配するようなことはないと思います」
「そういう意味じゃないんですよ」彼は眉間にシワを寄せ、「彼の話は全部ウソなんです」
「え?」
「彼はホラ吹きなんですよ。知らない人にいつもそうやってありもしない話をするんです」
「ええっ?! とてもそんな人には見えませんでしたよ」
「だから騙されるんです。ほかにも何か言ってたんじゃないですか?」

©gettyimages

そんなことを言われ、ぼくの頭は混乱した。
「開発部の課長で最先端のことをしているとまでは言ってましたが、さっきも話したように、機密事項なので詳しいことは言えないと……」
「それもウソですよ。だいいち彼はエンジニアではありません。営業ですよ」
「営業?」
「それに、彼は課長でもありません」
「というと」
「ヒラです」
「マジですかー」
「それに、青田というのは部長の名前です。彼はいつも勝手に青田を名乗っているんです」
「何ですって!」
すっかり面食らっていると、彼はぼくを覗き込むようにして、
「他にも何か言ってたんじゃないですか?」
「ええと……、あっ、そうだ、週末に子供が通っている保育園の運動会があると言ってました。その準備で忙しいといって、誘ったのに食事会に出ないで帰っちゃったんです」
「うわっはっは! 彼は独身ですよ!」

©gettyimages

ぼくはもう何が何だかわけがわからなかった。

後日、研修で撮った集合写真が送られてきた。その中央には、若手のホープになりきった青田さんの姿が写っていた。研修でのあの堂々とした話しっぷりが思い出された。それが全部ウソだったとはどうしても信じられなかった。
もし彼と一緒に仕事をしろと言われたら、たしかに気が引ける。なぜなら、いったい何を信じていいのかわからないからだ。
しかし、考えようによっては、彼はとんでもない才能の持ち主かもしれなかった。結果的にホラだったとはいえ、研修のみんなをソノ気にさせ、完全に信用させていたのだから普通でないことだけはたしかだ。
ただその才能がサラリーマンとしては全く役に立たなかっただけなのだ。

この話を書いていたら急にあの時の写真を見たくなり、ダンボールに詰めたまま押し入れにある昔の荷物を探したが、なかなか見つからなかった。ぼくと一緒に例のあの研修に出た人がいたら、ぜひ連絡をお待ちしています。

Text:Masanari Matsui

(松井政就)
作家。1966年、長野県に生まれる。中央大学法学部卒業後ソニーに入社。90年代前半から海外各地のカジノを巡る。2002年ソニー退社後、ビジネスアドバイザーなど務めながら、取材・執筆活動を行う。主な著書に「本物のカジノへ行こう!」(文藝春秋)「賭けに勝つ人嵌る人」(集英社)「ギャンブルにはビジネスの知恵が詰まっている」(講談社)。「カジノジャパン」にドキュメンタリー「神と呼ばれた男たち」を連載。「夕刊フジ」にコラム「競馬と国家と恋と嘘」「カジノ式競馬術」「カジノ情報局」を連載のほか、「オールアバウト」にて社会ニュース解説コラムを連載中。



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