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BUSINESS SONY元社員の艶笑ノート

入社試験で『趣味は競馬』と口が滑って…

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「火事の予防になったからです」
「火事の予防? そりゃまたどうしてだ」
「見ると濡れるからです」
「カッカッカ」

面接官は奥歯を見せて笑った後、眉間にシワを寄せ、

「キミの言うことはワケがわからんよ」

柔和でさわやかだったはずの面接官の目が突然険しくなったように見えた。

しまった、と思ったが遅かった。

聞かれたことに答えただけなのに険悪なムードになった。

お前はおしゃべりだから面接では余計なことは言うなと同級生からもクギを刺されていたのに、怖れていたことをやってしまったと思った。

そう思うと焦るばかりだった。
その後も面接官からいくつか質問され、ぼくも一生懸命答えたが、しまったという思いが強まるばかりで何を話したかあまり覚えていない。

「キミ。もう20分もしゃべってるぞ!」

ただ一つ思い出せるのは、ソニーで何をやりたいか2分間話しなさいと突然言われ、万が一の場合にと思って持参した、中学生の時に社長からもらった手紙を見せ、いかにうれしかったかなど、必死で話していると、

「キミ。もう20分もしゃべってるぞ!」
と止められたことだ。

©gettyimages

ハッとして回りを見ると、他の人たちはもう、うんざりだといった顔をしていた。そういえばぼくが話している間、面接官は銅像のように固まったまま、ぼくの目を覗き込んでいた。

もはや直観的に落ちたと思った。

面接が終わって部屋を出て、すっかり落ち込んで会社の玄関を出ようとすると、うしろから「松井くーん」とぼくの名前を呼ぶ声がした。

振り返るとさっきの面接官だった。
この人の顔を見るのもこれが最後の予感がした。

「ありがとうございました!」

ぼくは深くお辞儀し、丁寧に挨拶した。

「キミの言いたいことはさっぱりわからんが、まあ頑張ってくれ」

そう言って彼はぼくの腰のあたりをポンと叩いた。

他に行けということだと思った。
仕方ないと思った。

©gettyimages

その日は気晴らししようと渋谷にある行きつけのパチンコ屋「白鳥」で長々と遊び、大負けして帰ると留守番電話がチカチカ光っていた。何だと思って再生すると、「採用することになったから明日役員面接に来てくれ」(だったと思う)というメッセージが入っていた。

まさかだった。
世の中わからないものだと思った。

びっくりしたまま翌日行くと、昨日の集団面接で一緒だったエリート学生たちは、一人もいなかった。何だか悪いことをしたような気がした。

内定が出た後、大学の事務局から、後輩に向けて面接の体験談をしてほしいと言われた。会場に行くとたくさんの学生がいて面接より緊張したが、覚えていることをそのまま話すと、事務局からいい加減なことを言うなと怒られた。

そんなバカな話があるかというので、ウソだと思うなら会社に電話して聞いてみろと言っておいた。

めずらしく当たった予感

翌年の春、ぼくはソニー入社した。

入社して真っ先にやろうと思っていたのは、ぼくをとってくれたあの恩人にお礼を言うことだった。昼休みに人事部に行き、是非会いたいと面接官の名前を言ったところ、彼は地方に飛ばされていた。

顔を見るのもこれが最後という予感だけは当たっていた。

Text:Masanari Matsui

松井政就
作家。1966年、長野県に生まれる。中央大学法学部卒業後ソニーに入社。90年代前半から海外各地のカジノを巡る。2002年ソニー退社後、ビジネスアドバイザーなど務めながら、取材・執筆活動を行う。主な著書に「本物のカジノへ行こう!」(文藝春秋)「賭けに勝つ人嵌る人」(集英社)「ギャンブルにはビジネスの知恵が詰まっている」(講談社)。「カジノジャパン」にドキュメンタリー「神と呼ばれた男たち」を連載。「夕刊フジ」にコラム「競馬と国家と恋と嘘」「カジノ式競馬術」「カジノ情報局」を連載のほか、「オールアバウト」にて社会ニュース解説コラムを連載中。



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