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SONY 元異端社員の艶笑ノート
VOL.1 「あなた、お口が堅いのね」

2016.11.24
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2016.11.24

盛田会長のおかげで5~6年は頑張れた

このたび「SONY 元社員の艶笑ノート」と題し、これまでぼくが見てきたことややってきたことを白状していくことになった。でも、ぼくのことなど誰も知らないだろうから、一回目の今回は自己紹介のような話をしたいと思う。

休日でも会社に行きたくなる会社だった

ぼくは90年にソニーに入社した。当時のソニーは会社全体が学校のサークルのようで、毎日文化祭の前夜祭をやっているかのようで、仕事であるのを忘れて遊びに来ているような感じだった。

中には、仕事もないのに休日に会社に来る人もいた。来れば必ず他にも誰かいて、どういうわけかギターなども置いてあり、酒こそ飲まなかった(飲んでる人もいたかも……)が、お菓子を食べながら弾いて歌ったりしていた。あまりに社員が楽しみ過ぎていたため、当時社長だった大賀さんが、管理職を集めたマネジメント会同という社内会議で、「会社は遊園地ではない!」と一喝するほどだった。当時はまさに黄金期だった。商品も、出せば右から左へ飛ぶように売れていた。そんな時代に入社したので、みんなモーレツ社員ばかりだと思っていたら全然そんなことはなく、気さくでジョークの通じるいい人ばかりだった。

©gettyimages

しかしぼくは不安だった。なぜなら頭の中が常に競馬で占められていたからだ。ぼくは大学時代、自分で勝手に競馬新聞を作り、東京競馬場で配っていた。売っていたのではなく、タダで見知らぬ人に配っていただけで、競馬新聞とは言っても手書きに毛が生えたようなろくでもないものだった。だが、それがきっかけとなり、ソニーに入った後、ある出版社から1~2年に1冊のペースで競馬の本を出すようになった。そんなわけで会社も面白いが競馬はもっと面白く、頭の中が常に競馬でいっぱいで、果たして自分はこのままサラリーマンがつとまるのだろうかと不安だった。

ミスターソニー盛田昭夫との出会い
©gettyimages ミスターソニーこと盛田昭夫氏

そんなある日のことだった。夜中にソニーチョッキと呼ばれた社員なら誰でもわかるベストを着て、銀座ソニービルの地下で荷物を乗せた台車を押していると、大きな黒い車がとつぜん横で止まり、見覚えのあるおじさんが降りてきた。「キミ、何をしているんだね」何とソニー会長の盛田昭夫さんだった。まさにアコガレの人で金色に輝いて見えた。

年は取っていたが本当にカッコ良く、そんなミスターソニーが目の前に現れたことに腰を抜かしながら、「明日の放送で使う機材を搬入しているところです」と答えた。「そうかね。頑張りたまえ」盛田さんはそういってぼくの肩をポンと叩き、車に戻っていった。用もないのに、声をかけるためにわざわざ車を降りてきてくれたのだった。

こんなヒラ社員にまで気を遣ってくれるなんてと、ぼくはすっかり感激し、翌日みんなにそのことを話したが、どういうわけか誰も信じてくれなかった。それからの5~6年、ぼくがソニーを辞めずにがんばれたのは、一にも二にも盛田さんへの感謝の気持ちからだった。

「ぼくがソニーを辞めたワケ」と言いながら、「辞めなかったワケ」になってしまっているが、もう少しお付き合いいただきたい。盛田さんに声を掛けていただいて以来、その余力で5~6年は頑張れた。しかし頭の中が常に競馬に支配されていたぼくは、やっぱり、どことなく仕事に命をかけられないでいた。

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