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【連載】一匹狼宣言 Vol.8「誰がアートの味方なのだろうか ―冷たいアートと熱いアート―」高橋龍太郎

2016.5.31
2016.5.31

アートは命掛けで突っ立った青春である

舛添知事がひどい。

「家族と一緒にした食事代も全部政治活動費に計上しているんですか」と質問されて、「それも第三者の厳しい目で見て頂いて」と言い逃れた。してみれば「下着もパジャマ」も何もかも彼の政治活動費の一部なのだろう。文字通り体を張っているわけだ。まだ自宅のトイレットペーパーが入っていない分よしとすべきなのかもしれない。まあ、そんな嘘は通らないことは彼自身が一番よく知っている。1回目の会見のときのコップに両手を添えて水を飲むポーズは野々村竜太郎議員でお馴染みのポーズ。追い詰められた人間が見せる典型的な防衛機制。「自分はこんなに礼儀正しい人間だ」と虚勢を張る仕草である。

全くプライベートの食事代くらい領収書をもらうなよ。どんな場合も領収書をもらう悪癖が身についているのでこんなことになってしまうのだろう。そうでなければ会見の場で即座に否定できただろうに。

舛添知事は美術愛好家だという。22日付の産経新聞によれば豪華な海外大名旅行以外の庁外出張は1年間で54回でそのうち美術館博物館などの美術館系の視察が全体の7割越を占めている。

その主なもの。「レオナルド・ダ・ヴィンチ展」「最後の印象派展」「ルーブル美術館展」いくつかの浮世絵展等々。(現代アートの展覧会はどこに?)

ヤフオクでは梅原龍三郎の版画、浮世絵等を買い漁っているとのこと。美術館巡りは文化振興の一環だと言う。こんな人が行政の長である。舛添知事になっての東京都現代美術館の年間購入予算は6,000万と前任者と全く変わりない。オリンピックをひかえて、世界にアピールする日本の現代アートのために購入予算を10倍にして、「おもてなし」するくらいのことがあって初めて美術振興、文化戦略だろう。

西欧拝跪と浮世絵に踊る視察を繰り返して、自分はヤフオクで、ちまちました買い物をする。美術愛好家と呼ばれ悦に入ってるこの人は、日本の現代アートの味方なのだろうか?

5月10日のNYのクリスティーズイブニングセールで、ZOZOTOWN代表の前澤友作氏がバスキアの「Untitled」を62億円で落札した。同時にブルース・ナウマン、アレキサンダー・カルダー、リチャード・プリンス、ジェフ・クーンズの4点も購入。100億近い買い物になった。これらは、年2回のプライベートコレクションの展覧会に展示される予定あり。又、今後数年の間に生まれ故郷千葉にプライベートミュージアムを創立の予定もあると聞く。

バスキアを前にした前澤友作氏

かつてオークションを賑わした日本のコレクターといえばルノアールの「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」を120億円で購入した斉藤了英氏、ピカソの「ピエットの婚礼」を75億円で落札した鶴巻智徳氏が思い出される位、久しぶりに登場したビッグコレクターである。

中国アートの現代の隆盛はウリ・シグというビッグコレクターがいたからだが、彼はシンドラーエレベーター社のアジア代表や駐中国スイス大使を歴任し1985年頃より中国の現代アートの作品購入を始め、200作家、2000点の作品を収集していたといわれている。そしてそのうち70年代から80年代に制作された47作品を1億7700万香港ドル(18億円)で香港政府に売却、その上で13億香港ドル(133億円)相当の1463点の作品をM+(2019年開館予定の香港の現代美術館)に寄贈した。(本当のところは、半分くらいを売却したのではとの噂も流れているが)。

前澤氏には河原温だけではなく是非日本の現役作家に注目し収集してもらいたいものだ。100億円の買い物を日本の現代アートに振り向ければ、日本のアートマーケットは活性化し、世界の注目を再び浴びるだろう。

是非日本の現代アートの味方になってほしいものだ。

5月のアートシーンは賑やかだ。秋の団体展や企画展を中心とした芸術の秋よりも春の方が現代アートファンには、身近に感じられる。

東京アートフェアがあり3331アートフェアがある。森美術館は「僕の身体、あなたの声」現代美術館では「キセイノセイキ」と好企画が並ぶ。

薮前知子さんと

私には、3331から声がかかり、現代美術館の藪前さんとのトークショーを行った。そこでは、藪前さんから石田尚志や泉太郎等によるMOTコレクションが紹介され、石田氏の場合ビデオ作品の以前の油絵や関連作品が展示され、その相関とともに、石田氏のビデオ作品が紹介されているスライドが出され、思わずうなった。

都現美のMOTアニュアルには石田氏は2011年登場だったが、私はその前年の国立新美術館のアーティストファイル2010で作品を見て感激し、ギャラリーのついてなかった石田氏から直接作品を購入した。私は当時彼のバックグラウンドを全く知らず、石田氏に個人のコレクターが購入するんですかと驚かれた。

私はそのトークで「美術館は文脈と歴史でコレクションし、コレクターは官能でコレクションする」とまとめたのだが、翌日の3331ツィートでは、「コレクターは感情でコレクションする」と書かれてあったので訂正をお願いした(笑)。いくら私が気まぐれであっても、まさか感情でコレクションはしないだろう。私はそのときに、スーザン・ソンタグの「キャンプ論」を例に作品を解釈する2つの傾向。精神分析派とマルクス主義理論を排して、作品の持つ官能こそがすべてだと説いたソンタグが私の信条と重なると言ったつもりだったのだが、会場では感情と聞こえてしまったらしい。

要するに、「美術館は頭で、コレクターは体でコレクションをする」ということである。加えて、「私のコレクションは60年代の復習」とツィートされていたが、あれは60年代の反体制運動の敗北に対する「復讐」なので念のため。要するに私のコレクションは才能なく破れた私の闘いの復讐でもあるのだ。

もう一つ。藪前さんには今の「キセイノセイキ」の前々回の企画の「ここはだれの場所?」の会田家「檄文」事件のことを少しお聞きしたかったのである。

会田家「檄」

その企画キュレーターとして事件に巻き込まれてしまった藪前さんは、淡々と事実関係を説明して下さって美術館側としては、撤去を求めたというより、問題点を協議中であったが、その途中で、ネットに撤去問題が出てしまい協議ができなくなってしまったという公式見解を教えてくれた。ただ会田氏のブログによれば、たった一人の友の会の会員による問い合わせに、チーフキュレーターのH.Y.氏が都の立場を忖度して撤去を申し入れたということになっている。

藪前さんは企画キュレーターとして作家側に立って闘ってくれたのだが、H.Y.チーフキュレーターはとにかく管理者である都側の意向にこだわり撤去を主張したらしい。ところが朝日新聞社のネット記事まで取り上げられてしまって、こぶしのふり下す先が見つからなくなってしまったというのが本当のところのようだ。

しかし都の意向ってこの美術愛好家を自称する舛添さんのこと? まさか!!
お上の意向ばかり気になる様子のチーフキュレーターのH.Y.氏って本当にアートの味方なのだろうか?

東京アートフェアは、年毎に活気が増しているようだった。会期中の各国アートフェア関係者の座談会でも「狭い通路で小さいブースでも、それも又、東京アートフェアの個性です」と海外のディレクターに同情されても(是非ビックサイトでやりたいものだ)、まあ日本はどこにいってもちまちました幕の内弁当だからと不思議に腹がたたなかったが、去年より賑やかだった。

関根伸夫のオブジェに映る東京アートフェア

今回は、コンテンポラリーアート側にパワーがあまり感じられなかった。そのなかでも少し発見があったのはストリートアート系の作家たちが何人かいて、なかなか魅力的だったこと。特にTENGAoneの作品は目立っていた。一方銀座系の画廊側にはパワーがかんじられたこと。勿論、もの派、具体、井上有一のオールドパワーのおかげなので、新作者の力によるものではないのだが、それに匹敵するパワーをコンテンポラリーアーチストに求めるのは無理なのだろうか。最近若い世代の描く力に強度を感じない淋しさが残った。

森美術館の『僕の身体、あなたの声』の作品を見てもビデオばかりでみんな同じように見えてしまう。(どれもこれも小学生の宿題じゃあるまいし、おじいちゃん、おばあちゃんにインタヴューばかりと悪態もつきたくなる。)

ナイル・ケティング「マグニチュード」(2016年)

強い印象を残したのはナイル・ケティングの「マグニテュード」。電力が生み出す光や映像、サウンドが全体として物語を形成していて鮮度を感じることが出来た。(どこかヨシダミノルの甦りのような)ナイルは同時期に行われた山本現代でのパフォーマンスも面白く力量を感じさせた。他には、松川明奈の「そのまま一緒に喜んでくれる人を探すよ」(おなかの傷跡はナイフの傷痕だろうか妊娠線だろうか。危険な香り)、毛利悠子の痙攣するインスタレーション装置が印象に残る。

松川明奈「そのまま一緒に喜んでくれる人を探すよ」

レヴィストロークの「冷たい社会」と「熱い社会」にならっていえば、アートには「冷たいアート」と「熱いアート」があると思うのだが最近の若い世代が直接材料と格闘する「熱いアート」からカメラやビデオのような器材を使う「冷たいアート」の方向に流れているのか、あるいはそういう作品を好むキュレーターが増えたのか。しかも多くの男性の作家達にその傾向が強いのが気にかかる。若い男性の作家たちは直接描くことに魅力を感じなくなってしまったのだろうか。

「アートは命掛けで突っ立った青春である」
これは暗黒舞踏の魔王土方巽の「踊りとは命掛けで突っ立った死体であると定義してよいものである」(『美貌の青空』)という言葉と、私が映画監督大島渚のインタビュー記事で以前読んだ「映画とは永遠の青春である」という言葉の勝手なもじりである(もっとも古い雑誌をくってみてもネットをみても大島渚のこの言葉が見つからないから、私がどこかで捏造しているのかもしれない)

「アートは命掛けで突っ立った青春である」こんな松岡修造ばりの言葉が私のコレクションの基本であるといったら、本気で気恥ずかしいが、わたしはこういう熱い若いエネルギーの固まりがなりふり構わず描く作品を期待しているのである。
こんな古くさいアート論を展開する私は、果たして現代アートの味方なのだろうか?(「キセイノセイキ」については次回書きます。)

 

書き手:高橋 龍太郎

 

精神科医、医療法人社団こころの会理事長。 1946年生まれ。東邦大学医学部卒、慶応大学精神神経科入局。国際協力事業団の医療専門家としてのペルー派遣、都立荏原病院勤務などを経て、1990年東京蒲田に、タカハシクリニックを開設。 専攻は社会精神医学。デイ・ケア、訪問看護を中心に地域精神医療に取り組むとともに、15年以上ニッポン放送のテレフォン人生相談の回答者をつとめるなど、心理相談、ビジネスマンのメンタルヘルス・ケアにも力を入れている。現代美術のコレクターでもあり、所蔵作品は2000点以上にもおよぶ。

 

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