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BUSINESS 高橋龍太郎の一匹狼宣言

Vol.5「滅びゆくものにしか見えない美がある」高橋龍太郎

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「滅びゆくものにしか見えない美がある」 〜アートコレクターとしての本懐〜

『荒地』第一節「死者の埋葬」はこんな有名な詩句で始まる。
 「4月は残酷きわまる季節だ。
リラの花を死んだ土地から生み出し
追憶に欲情をかきまぜたり
春の雨で鈍重な草根をふるい起こすのだ」

―T.S. エリオット(西脇順三郎訳)―

この詩の本当の意味を理解できるようになるのは、自分が死んだ土地であり、追憶の塊であり、鈍重な草根であることに気付き始める頃である。私は、60才を過ぎてこの詩の持つ痛烈な皮肉に気付いた時、4月は本当に残酷な季節だと直感できた。

この後、詩はルードヴィヒ2世が入水自殺したシュタルンベルガー湖の近くにその一族に連なる女友達と雨宿りをしたり、コーヒーを飲むシーンに移る。

滅び行くものと生まれ出ずるものの対比。

「荒地」著者T.S. Eliot


これが『荒地』のメインテーマであることは言うまでもないだろう。

この4月には私には更に残酷なことがおきた。15年間土曜日の午後愛聴してきたTBSラジオの『パカパカ行進曲』が突然終了してしまったのだ。馬鹿な大人の失敗談を、聴取者の生トークで聴かせてくれるこの番組くらい、私のストレス解消方はなかった。一週間の精神科の診療の疲れは、この2時間の聴取者の馬鹿話で、すっかり消し飛んだのだ。

山のように面白い話があったが、今でも思い出し笑いするのは、「エロい馬鹿大人大集合!」がテーマの時の妙齢の女性の話。「童貞君とエッチしたときに、外で出してねと言ったら、その絶頂の瞬間に、彼が慌ててベランダに出て行った。」その話を聞いたときは、運転中だったが思わず爆笑しハンドルを切りそこねそうになってしまった。

突然の打ち切りが過敏な内容に対するTBS側からの自主規制でないことを祈るばかりだが、とりあえず司会の宮川賢氏の夜の新番組に期待しておく(でもその時間帯は聴けないけど)。

4月に入る3月11日には、1994年に始まった40才以下の若手の作家を推薦しその平面作品を審査するというVOCA展レセプションが開かれた。これはアートシーンにとってはその年の幕明けとも言っていいビックイベントなのだが、その肝心のVOCA賞を取った作家は大成しないというジンクスは、ネットでも取り上げられる位に有名になってしまった。

VOCA賞を受賞した久門剛史氏の作品。

今年受賞した久門剛史はまだ評価は無理だろうが(それでも受賞作の平面作品の出来はよくなかった。日産アートワードの作品は見事だったのに残念。)それ以前の受賞作家を並べてみると、新しい順に、小野耕石、田中望、鈴木紗也香、鈴木星亜、中山玲佳、三宅砂織、三瀬夏之介、横内賢太郎、山本太郎、小西真奈、日野之彦、前田朋子、浅上みゆき、曽谷朝絵、押江千江子、岩尾恵都子、やなぎみわ、湯川雅紀、小池隆英、東島毅、三輪美津子、世良京子、福田美蘭。

今この中で最前線で評価されているのは三瀬夏之介、やなぎみわくらいだろうか。一方で、VOCA賞を取れなかったが大活躍している推薦作家は多い。パラモデル、清川あさみ、浅井裕介、名和晃平、山口晃、蜷川実花、田中功起、照屋勇賢、石田徹也、小沢剛、会田誠、米田知子、奈良美智、曽根裕、大岩オスカール幸男、村上隆、大竹伸朗、丸山直文。

こうしてみるとVOCA展に推薦はしてもらいたいけど、VOCA賞はいらないという作家たちの本音も聞こえてきそうではないか。

ここに興味深い本がある。
『個人を幸福にしない日本の組織』(太田肇著)がそれであるが、このなかに「全日本国民的美少女コンテスト」のグランプリ受賞者は活躍しないとの項目があり、歴代の受賞者の名前が挙げられている。芸能界に詳しくない私には、正確なことは分からないが挙げられている受賞者は、殆ど活躍していない。一方で特別賞だった米倉涼子や上戸彩、武井咲等の活躍は目立つ。

そして著者は今は「選んだらハズレる」時代になっていると喝破している。「選ぶ」という行為が過去の基準に基づいている以上、新奇性や意外性を求められているスターの条件に合わないというのだ。

多分アート界でも同じことなのだろう。見たこともない斬新さをアートの新星に求めようというなら、旧来の価値観やお行儀のいい基準を代表する評論家や学芸員が合議して選ぶというシステムが時代遅れになりつつあるのである。審査するにあたっては、時代の意識の欲望、命のほと走り(エランヴィータルとベルゲソンなら言うだろう)が、どこに向かっているかにもっと敏感にならねばならない筈だ。

VOCA展の「40才以下、平面」の意義を認めたうえで、せめて今年で審査員を辞める片岡真実氏の提言のように外国人審査員を入れるなり、いっそ賞はやめて、入選者の互選で人気作品を選ぶだけにするとか、いくつもの解決策はありそうに思うが、いかがだろうか。

とにかくこの情報化社会にあってはすべては瞬時に既視化する。その陥穽に気付かずに、能天気に賞を与え続けたら、選ばれた作家たちがかわいそうである。賞なんかもらわねばよかったのにとの恨み言が聞こえる前に、賞なんか選ばずにVOCA展はそこに入選したことだけが意味あるのだという位にオープンな性格にしたらどうだろう。不幸にして(?)VOCA賞に選ばれた作家たちも過去からは誉められたが、未来からは何も祝福されてないことを肝に命じて精進すべきだろう。

宮島達男歓迎ディナーにて。


巨大なビルに数字を投影する宮島達のインスタレーションで幕を開けた前夜祭の翌日、3月22日にはアートバーゼル香港プレビューが開かれた。アートフェア全体では7万人を超える史上最多の入場者を記録し、近年の不況ムードのなかでも、各ギャラリーのセールスも好調のようだった。

日本のコレクターである有沢敬太、宮津大輔、森佳子、大林剛郎、末松亜斗夢、吉野誠一各氏と私による、日本のコレクターズ展も同時期香港アートセンターで開かれ好評。2回目のギャラリートークとも立ち席が出るほど賑わった。

同コレクターズ展に出品された宮島達男氏の作品
▲拡大画像表示


コンベンションホールの本会場とは別に、巨きなテント仕立ての香港アートセントラルが開かれ、そこでは日本の「具体」と「もの派」と「井上有一」が溢れていた。そこでの発見は20年ぶりに再会した草間の1951年作品。

都合で写真は載せられないが以前知り合いの画廊が競売会で手に入れてきたが、作品が気に入らずキャンセルしたもの。当時は私のコレクションが大きなものになるとも知らず、わがままを言ったが、今の事態を予測していたら当然購入したろう。ままならないものだ。しかし20年ぶりの出会いは何か初恋の人にでも会ったような切ない感情に包まれた。

アートバーゼル香港会場の様子

それにしても息をひそめていた旧来の画廊のはしゃぎぶりはどうだろう。「具体」「もの派」「井上有一」今まで見向きもしなかった作品の商いで潤うのはいいが、これが過ぎたらどうしていくのか。ゾンビのように甦っても次は手元に何も残っていないだろうに。それとも墓地のダンサーよろしく次のターゲットを墓地にもう仕入れて、まだダンスを踊る機会を伺っているのだろうか。


▲拡大画像表示 作者:Urs Fischer


香港の3日間は、シャンパーニュと豪華な食事の連続だった。今までは週末に深夜便でかけつけて一日で観て深夜便で帰ることを繰返してきたが、今回はいわゆる世界のアートセレブ達の仲間入りをしてみた。快感といえば快感だったが、何より理解できたのは、彼等がアートを信じたいと思っていることだった。

ちょっと分かりにくいが、欲望の体系の只中にいて、お金や性や様々な領域で成功しているもの達にとって、それはすべて滅んでいくものに過ぎない。先ず60才を過ぎた成功者にとって命が一番身近に滅んでいくものだ。家族も人間関係も、資本もなにもかも。しかしコレクションの名前を課したアートは永遠に残っていく。


▲拡大画像表示 作者:Cody Choi

自分の命の代わりにアートが残っていくのである。何人かのコレクターは自分の命を賭してコレクションしているように思えた。だとするとアートとは、自分の人生の最後の到達点ということになる。自分の滅びつつある欲望の体系、命の最後のほとばしりのシンボルになる。そうなるとアートについても見方がずいぶん違ってくるのだろう。

そしてそんな滅びゆくものたちがアートマーケットを支配しているとなると、ただ頭の中で学んできた評論家風の美学とは違って、もっと生々しいもの、エランヴィータルを惹起させるものが選ばれるようになる。確かに世界のアートシーンの作品はもっと生々しい。私が人生の終わりにどんなコレクションに向かうかは分からないが、今よりはもっと生々しくなるだろう。

滅びゆくものにしか見えない美がある。美とは滅んでゆくものの欲望の体系なのだ。そしてコレクションとは滅びゆくものたちに残された最後の美の聖地なのだ。そして生まれ出ずるものたちへの遺言でもある。
(※トップ画像:宮島達の歓迎ディナーにて中田英寿氏と)

Photo: Ryutaro Takahashi / gettyimages

書き手:高橋 龍太郎

精神科医、医療法人社団こころの会理事長。 1946年生まれ。東邦大学医学部卒、慶応大学精神神経科入局。国際協力事業団の医療専門家としてのペルー派遣、都立荏原病院勤務などを経て、1990年東京蒲田に、タカハシクリニックを開設。 専攻は社会精神医学。デイ・ケア、訪問看護を中心に地域精神医療に取り組むとともに、15年以上ニッポン放送のテレフォン人生相談の回答者をつとめるなど、心理相談、ビジネスマンのメンタルヘルス・ケアにも力を入れている。現代美術のコレクターでもあり、所蔵作品は2000点以上にもおよぶ。



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