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東京プリン【伊藤ようすけ】プリンを脱ぐ!?
バブル駆け抜けた男が日本の未来を考える

2016.3.26
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2016.3.26

会社員が秋元康氏プロデュースでデビュー・就活!?

これほどまでに、様々な時代、職種を経験した男はそういないのではないだろうか。バブル・不景気...。サラリーマン・タレント・歌手・作詞家...。そして現在は議員を目指す、伊藤ようすけ(52)。

バブル真っ只中、慶應義塾大学を卒業し山一証券に入社。大企業のサラリーマンでありながら、なぜかデビューを目指し、なんと秋元康氏のプロデュースで、「シャインズ」として芸能界入り。サラリーマンならではの憂いを歌い、一躍「バブルのサラリーマン」の象徴となる。

その後、「シャインズ」として出演したCMをキッカケに森永製菓へ入社。森永製菓のCMプランナー、宣伝担当として、なぜか浜崎あゆみとCM共演を果たすなど、その活躍はとどまるところを知らない。

さらには森永製菓在職中に、「シャインズ」時代の芸能人魂がうずき、34歳にして再びデビューを熱望。avexより「東京プリン」としてデビューを果たす。「東京プリン」のプリンの由来は、雑誌のスイーツ特集でプリンが掲載されており、それにインスパイアされたのだそう。

そんなサラリーマン伊藤ようすけ氏がバブル時代を駆け抜け、大物プロデューサー秋元康氏によりトントン拍子でデビューした嘘のようなホントの話、また、東京プリン相方の牧野隆志の死を乗り越え、政治家を目指す現在に至るまでの半生とその想いに迫る。

西内:伊藤ようすけさん、本日はよろしくお願いいたします。プリン、素敵ですね。伊藤さんと言えば、慶応義塾大学理工学部卒業で山一証券入社。バブル真っ只中、まさに3高。高学歴、高収入、高身長! そんなバブル時代の寵児伊藤さんにお伺いします。一体バブルってどういう時代だったんでしょうか。

伊藤:今では考えられないかもしれませんが、とにかく将来に不安を抱えている人が少なかった気がします。今よりも来年は収入が上がっていると多くの人が確信している、そんな浮かれた時代でした。その分長時間労働は当たり前だったのですが、それに見合う報酬が守られるので、とにかく働いて、徹底的に遊ぶ、そんな勢いある人が多かったです。

西内:そんなバブル真っ只中、山一証券の「社員(シャイン)」だった伊藤さんは秋元康さんプロデュースで「シャインズ」としてデビューされましたよね。そのキッカケは何だったのでしょう?

伊藤:結成のキッカケは、ちょうど僕が山一証券に入社して1年目の時、シャインズの相方である杉村太郎の誕生日会があったんです。当時相方は自分の誕生日会を自分で主催していて、その誕生日会に何か出し物をしたいということになり、「曲を書こう!」ということになったんですよね。そこで、当時流行していたディスコソングである「イントゥー・ザ・ナイト」という曲を参考にして曲を作ったんです。

西内:どんな曲なんですか?

伊藤:「残業ナイト」です。

西内:まさに、社員アーティスト「シャインズ」が歌うにふさわしい曲ですね。

伊藤:はい。相方は商社に勤めており、相方も僕もただのサラリーマン。楽器もないので「チャラッチャラッ」とイントロまで自分で歌っていたのですが、その曲でなぜか「これでデビューしたい」と思いたったんです。でも、芸能界のツテなんてない。そこで相方と僕で、慶応義塾大学の学生名簿を持ち寄って、芸能界に通じていそうな先輩に電話をかけまくりました。そして1ヶ月ほど電話をかけ続けたある日、ついに「秋元康さんの、知人の知人」という人に繋がることができたんですよ。

西内:「知人の知人」...遠っ!!

伊藤:今考えたら遠いんですけど、当時の僕たちにとっては凄いことでした(笑)。そこでまず、その「秋元康さんの知人の知人」にアポをとりました。そして、僕たちの曲を聴いてもらったら、なんと気に入ってもらえたんですね。そして、その「秋元康さんの、知人の知人」が、なんと! 「秋元康さんの知人」を紹介してくれることになったんですよ。

西内:徐々にではありますが、着実に秋元康さんに近づいてますね(笑)。

伊藤:そうなんです。そして、その「秋元康さんの知人」に曲を聴いてもらい、また気に入ってもらえたんです。そしてついに、「秋元康さんご本人」に繋いでもらえる所まで行き着きました。

西内:名もなきサラリーマンに、秋元康さんはよく会ってくれましたね!?

伊藤:そうなんですよ。そこで、曲を聴いてもらいました。ですが、忘れもしません...あれは曲が始まって15秒くらいですかね。サビも聞く前に秋元康さんは「ポチッ」と停止ボタンを押しました。そう、すぐに曲を止められてしまったんです。さすがにその時反省しましたね、秋元康さんに聞いていただく曲のイントロが、声で「チャラッチャラッ」と言っているだけだったので、さすがに楽器をつかわなければマズかったかなと。

西内:秋元康さん、怒っていらっしゃいましたか?

伊藤:いえ、そこで「本気でデビューしたいのか?」と聞かれたんです。「本気でやる気があるなら、1ヶ月時間をあげるから、その間に10曲つくってきなさい」といわれました。そこで、1ヶ月後に10曲つくってもう一度秋元康さんに会いにいきました。そこで「じゃ、ポニーキャニオンの人を紹介するから」と言われ、そこでデビューが決まりました。

西内:1年目の証券会社のサラリーマンが、いきなり秋元康さんプロデュースで天下のポニーキャニオンからデビューするなんて。本当にバブリーで夢があるお話ですね。

伊藤:本当に「トントン拍子」でした。ただ、そこで問題が発生しました。というのも、僕の勤めていた山一証券は「芸能活動OK」だったのですが、相方の大手商社が「芸能活動NG」だったんです。ですが、会社を辞める訳にはいかなかった。というのも、秋元康さんと「絶対に会社を辞めない」と約束していたんですよ。「会社員でサラリーマンの歌を歌うからこそ意味があるのだから、絶対に会社は辞めてはいけない」と。そこで困った僕たちは、また秋元康さんに相談しにいったんです。「会社から芸能活動を許してもらえませんでした」と。そうすると、秋元康さんが相方に「じゃあ、芸能活動OKな会社に転職する気はあるか?」と。

西内:大手商社を辞めて、転職されたんですか?

伊藤:そうなんです。ただ、そこで秋元康さんの企画力はやはり天才的でした。「じゃあ、週刊誌やメディアで就職活動をしよう!」と言いだしたんですよ。「歌って踊れるサラリーマンがデビューしたいのですが、会社が副業NGでした!なので、どこか雇ってくれませんか!」という情報を、フライデーさんや月刊プレイボーイさんなど、様々な週刊誌に特集してもらったんですね。そしたら、相方に、超大手商社などから「うちに来てくれ」と、応募が殺到しました(笑)。そこで、相方は商社勤めですし、他の大手商社に転職するのかと思ったのですが、「やはり今の会社のライバル会社にいくのは気がひける」ということで、大東京火災海上保険に勤めることになったんです。相方は、秋元康プロデュースで就職活動までしてしまうという。

西内:デビューから就職活動までもを秋元康さんプロデュース...。なんて恵まれたサラリーマンなんですか!

伊藤:そうですね。シャインズは1年半の活動期間でしたが、秋元康さんプロデュースのアルバム「上司は選べない」まで発売させてもらって、また森永製菓のCMキャラクターにも起用していただき本当に素晴らしい経験でした。

西内:「上司は選べない」...まさにサラリーマンの憂いですね。シュールすぎます。歌詞も秋元康さんが書かれていたんですか?

 

⇒シュールなアルバム「上司は選べない」の歌詞!?
(続きはコチラ)

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