なぜ、クックパッドに移籍したのか、
その経緯と今について訊きます

LIFESTYLE
2015.8.7 update

『暮しの手帖』を辞め、4月1日からクックパッドへ電撃移籍し、新しいWEBメディア「くらしのきほん」をローンチさせた松浦弥太郎さん。後編では、『暮しの手帖』を辞め、クックパッドに移籍した理由とタイミング? 『くらしのきほん』のこれからについて松浦さんに訊きます。   前編は こちらから。

『くらしのきほん』(https://kurashi-no-kihon.com/)は、松浦弥太郎さんが「あなたの暮らしはもっと楽しくなる」というメッセージを掲げ、人々の暮らしに役立つ情報をお届けする新しいメディアです。コンセプトは、「基本の発見」。情報と知識だけに頼らずに、知恵、すなわち、心のはたらき、考え方を身につけることを目的としています。衣食住すべての上質な知恵を、暮らしの百科辞典のように発信していきます。

 

--では、クックパッドに入社を決断したのは、いつ頃ですか?

松浦: 49歳の誕生日を迎えようとしていたとき 、これから先の人生では、とにかく経験したことのない新しいチャレンジをしたいなぁっていう思いが強くて、今のポジションを離れるタイミングは、今しかないと思ったんです。で、昨年の11月に辞表を書きました。その後、偶然の出会いと機会が重なり、クックパッドでのチャンスをいただけるようになり、入社の決断をしました。

--他からメディアを立ちあげませんかといったお誘いもあったんですか?

松浦: 辞めると公言はしていなかったんですが、親しい方々には言わざるを得ないので、辞めることを知った数人からのお誘いはありましたが、どれも今までやったことがあるものばかりだったんです。じぶんが既にやったことがあるものに、40代後半からの時間を割くつもりはなかったんです。ですから辞退させていただきました。

--そんな中でクックパッドを選んだのは、新しい道を開拓できそうだったからですか?

松浦: 僕にとっては一番ハラハラするというか、はたして じぶんがそこでやっていけるかどうかの怖さを感じたことが良かったんです。クックパッドだけは先の予想を描くことが簡単にできなかったんです。それは、じぶんの人生にとってはとてもエキサイティングでした。

--その年齢で、未開の地に飛び込むのは相当勇気が要りそうな気がしますが。後押ししたのは好奇心ですか?

松浦: 新しい世界が見たかったという好奇心と、この歳になって鈍ったアタマとカラダをもう一度鍛え直す感じです。クックパッドには僕より年上の方は何名かいらっしゃいますけど、僕は ほぼ最年長。だから「最年長の最年少」な気分です。なかなか良いものですよ。

--では、入社の時点で『くらしのきほん』のアウトラインは思い描かれていたんですか?

松浦: いえ、入社の時点では何もなかったですし、新しいメディアを作るという具体的な案もなかったです。入社する前にイメージトレーニングして、じぶんがクックパッドファミリーに入るに当たって手ぶらで行くわけにはいかないので、「あらゆるアイディアや企画を持っていかなくては」と考えて携えてはいましたが、それはあくまで僕自身の準備ですから。

--そうなんですね。ローンチが前提での入社かと思っていました。

松浦: いいえ。クックパッド内で、いかにしてじぶんが機能する場所を じぶんで見つけて入り込んで貢献をしていく。それを必死にイメージしながらのスタートでした。しかし、4月1日に入社してコミュニケーションを取っているうちに「もう、やりましょうよ」と話が進み、「じゃ、やります」と決まって今に至ります。

--そこにもスピード感がありますね。そこからのチーム編成はどのように決まっていくのですか?

松浦: チーム編成ってほどでもなくて、僕とデザイナーの2名でスタートしています。この2名で社内プレゼンをしまくって、「何かを手伝っても良いですよ」と思ってくれたエンジニアが空いた時間を使って開発を手助けしてくれるという状況です。

--現時点でメンバーは定着しているのですか?

松浦: 募集中ですが、今も専属のエンジニアはいないので、4~5人のエンジニアが交代制で手助けしてくれて、6月から編集者が1名、7月からアルバイトが1名追加され、エンジニア以外では4名体制です。編集長というほどのメンバー編成ではないので、今は僕のオウンドメディア的な感じで、僕がすべて管理しています。

--原稿を書く、写真を撮るという行為は今までのメディアでも経験なさっていると思いますが、動画を撮って掲載するというのは初めてで、困難はなかったですか?

松浦: 動画は印刷物ではできなかったし、今後スマートフォンが普及していく上で絶対に必要だと思っています。今は原稿を書く、写真を撮るというのも全部は無理ですが、なるべく内製にしたくて、それは動画も同様です。先ほどお話ししたプロトタイプの状態のときは、いかにピュアであるかにこだわりたいので、だからできることはじぶんで手掛けて質を高めていく。動画も、普通のデジカメで撮影して、ソフトを駆使して編集まで じぶんたちで簡単に作っていますが、クオリティはなんとかぎりぎり担保できていると思います。満足はしていませんが。

--そこまで踏み込むことに躊躇して、二の足を踏んでしまいそうですが……。

松浦: スピード感とクオリティを担保したいなら、自分たちのスキルと経験を高めて、なんでもチャレンジすることが必要ですよ。できないは禁句。なんでもやってみようという考えが大切ですね。とにかく自分たちでやってみて、こればかりはどうにもならない、クオリティが担保できないというものだけをアウトソーシングする。それにしても横で見ながら学んで、いつか自分でやってやると思うことです。

--記事の組み立て方は、ラフイメージを描いてエンジニアが作成するんですか?

松浦: じぶんたちで直接書き込んでいます。

--一気にWEB作成の側に踏み込んでいらっしゃるんですね。

松浦: 毎日が勉強です。だから記事を作る際も、文章作成ソフトで書いて精査してコピペするなんていうことはせず、直接書いています。なぜなら、原稿も写真も動画もスマフォで見るとなるなら名刺大なサイズですよね。その大きさで読める文章量だったり、大きさだったりは、A4の紙で表現したものとは大きく変わると気づいたんです。

ですから、そこの感覚を大切にするのは大発見でした。文章の書き方も言葉の使い方も、表現の仕方も変わるし、写真の選び方も全然異なりますし、スマフォという名刺大の小さいサイズ内でのアートディレクションというかエディトリアルディレクションを考えるのが、すごく楽しいんです。

--ちなみに、『くらしのきほん』を始める前からスマートフォンを使っていましたか?

松浦: いえ、いわゆるガラケーで、これを機に交換しました。

--ということは、このタイミングでスマフォでのフォントや字間、サイズ感を実体験で学んで、調整しているわけですね。

松浦: そうです。今までいろいろなものを見てこなかったのは一長一短ありまして、今のところマイナスにはなっていない気がします。他のWEBメディアを見てこなかったので影響も受けていないですし、もしかしたら時代遅れなことをやってしまっているのかもしれないけれど、その恥ずかしさすら感じていないので。そういう意味での新しさは もしかしたら伝わっているのかもしれないですね。

--それこそ、先ほど仰られれていたピュアな部分がここにも現れていると。

松浦: じぶんだったら、このくらいが良いなという感覚は大切にしていますよね。僕にとっては、初めて与えられたオモチャをいじっていて、こうだったらいいなと感じることを、じぶんのメディアで具現化しているような感覚です。
気持ち良いことは残して、嫌なことは外していくような。

--編集表現というと、少し格式張っていてルールに縛られがちですが、『くらしのきほん』はそういうしがらみをスーッと抜けて気持ち良く表現している感じがします。

松浦: じぶん的には今まで書いてきた文章やエッセイなどのテキストとは異なる、新しいテキストとして表現している気がします。それはスマフォで読みやすい文字数や行間であったり、言葉選びなど、じぶんで試しながら楽しんでいる感覚ですね。

--今後の展望の先には、『くらしのきほん』を印刷物にする計画などもありますか?

松浦: あります。WEBやってるから紙は作らないという気持ちはまったくなくて、やっぱり実体のあるものって生活していく上で必要ですよね。現状、紙であるものをデジタルにするのってなかなか難しいって思っていて、一方先にWEBのものを紙にして手に持てるようにしていくっていうのは、これから増えていくと思います。ですから、「くらしのきほん」の書籍化も実現させていきたいし、そういうメディアでありたいです。

--今後のマネタイズというか、ビジネスとしての展望は、どう考えていますか?

松浦: もちろん、それは大切なことですが、まずはたくさんのユーザーの生活に深く溶け込み、メディア自体がユーザーにとって無くてはならない、当たり前の存在になることではないでしょうか。そこまで突き進んでいけば、自然とビジネスは発生していくと考えています。

--メディア内にスペースを売る広告出稿でのマネタイズも考えていますか?

松浦: はい。ただ、今まであったような広告形態だと『くらしのきほん』っぽくないので、新しくて見たことがないカタチを開発しないとダメだと思うんです。

--ただ広告スペースを売るような表現は、避けていくということですか?

松浦: そうですね。ユーザーにとって気持ちが良くて、がっかりさせない、「こういうやり方があったんだ」という展開をつねに発明していくことですかね。新しいアイディアをWEBというメディアで作っていきたいですし、メディア自体がユーザーにとって役立つものにしていくのが目標ですね。

「ボタンと、ボタンの穴」というのが、じぶんの中の目標でして、ボタンとボタンの穴のアイディアって誰が考えたのか分からないんですが、こういう存在になりたいんです。「こんな便利なもの、誰が考えたんだ」って、これが誕生するまでは紐で結んだりしていたのに、これでOKになった発見ってスゴいですよね。こういう何気なくてシンプルだけど、ひとの生活を変えてしまうようなアイディアを具現化したメディアになりたいと考えていますね。

--それが実現できたら素晴らしいですね。

松浦: 進化していくスピードも、こちら都合じゃ困るわけですよね。ユーザーにとっての心地好さとか嬉しい感じのスピード感で、じぶんたちも成長していく。だから、そのためにいろいろ考えていかなくちゃいけないですよね。

WEBってまだまだ発展途上で可能性があって、夢もあるのでワクワクします。開発技術が日々進化するのに対して、 僕らコンテンツを作る側がどう追いついて新しい表現の仕方を生み出して、どう はめていくのかを考えていかなくてはいけません。

いろいろな課題はありますが、僕が作っているメディアはWEBマガジンでもなければ、新聞でもなく、どちらかというと本と雑誌の中間のようなカタチで、どれだけユーザーの生活に溶け込むサービスなりを開発していけるか、だと考えています。

--松浦さん自身を含め、メディアが新しいツールに対応して変化して行っている感じをヒシヒシと感じた理由が分かった気がします。

松浦: 特にスマフォの場合は移動中に見たり読んだりしますからね。そういう感じだから原稿も写真も動画もみんな異なった感覚で準備しないといけないし。メディアのコンセプトも「くらし」というのがテーマで、じぶんが一番興味がある、言ってみれば「くらし」オタクが作っているメディアなんです。日々のくらしを楽しんでもらいたい、じぶんで興味を持ってもらいたいというのはありますが、コンセプトを固定してしまうのはちょっと違うと思っているんです。ユーザーのしあわせを試行錯誤していく感じですね。

ですから「くらしのきほん」はまだまだプロトタイプで、「コンセプトも変更するかもよ」ぐらいで、カタチすらまだ決まっていないブニョブニョな状態。今後どんなカタチにも変わりますよっていう感じで、それも悪くないでしょ?っていう。「こうあるべき、こうしなきゃ」って、じぶんたちが縛られて縮こまって不自由にはなりたくないですよね。あるとき、「この方がいい」って変われる柔軟性が必要な気がします。

--それはメディアとして正しい気がします。

松浦: 人が笑顔になれることを徹底的にやる、っていうのは軸として持っていますが、あんまり色が付きすぎないようにしたいですし、じぶんにとって自由な考え方を保ちながら、じぶんが信じられることをしっかりやっていくだけの話で。それがいつか「ボタンと、ボタンの穴」みたいになってくれたら良いとは思います。

--今後どんなカタチに変貌を遂げていくのか、とても楽しみです。

松浦: 僕は新しいメディアをもっとたくさん作っていきたいんです。だってアイデアはひとつじゃ収まりきれなそうですし。思いつくことはいくらでもありますから。初めて公園に行った子どものような感じですね。砂場だけで遊んでられなくて、滑り台でも遊びたいしっていう。

--期待しています。ぜひ、たくさん誕生させて楽しませてください。今日はありがとうございました!

Photograph:Shota Matsumoto
Text:FORZA STYLE

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